第4章「錯綜」



「ほらよ、頼まれていた資料だ。」
薄暗い部屋の中、長身の男が机の上に何やら紙束を放った。
「すまない。ボクがもう少し自由に行動出来るならこんな事は頼まないのにな。」
銀色の髪の青年が言う。
「別にそんな事は気にしてないさ。
それにアンタの顔はここらじゃ有名過ぎる。のこのこ出て行って騒ぎを大きくされる方が厄介だ。」
銀髪の青年はホウエンで知らない者はいない程の有名なトレーナーであった。
何故なら彼はホウエンリーグ前チャンピオンであるからだ。
「悪いね。じゃあついでにもう一つ頼み事を聞いてはくれないだろうか?」
「オレに出来る事なら何でも……と、言いたい所だがそろそろオレも手一杯なんでね。アルバにでも頼んでくれ。」
「これを極秘にやってくれと彼に言ったら断られたよ。『オレの輝きはどんな事をしても隠せない』とね。」
「まあアイツは目立つからな。」
長身の男にはそのアルバが言っている風景が手にとるように想像出来た。
恐らくは人差し指でも突き出して自らを誇示するような物言いだったのだろう。

「次期ジムリーダー候補で『ワタルの再来』とまで呼ばれた君ならこの頼みを果たせられると信じているよ。」
「わかった、その頼みとやらは引き受けよう。ただな、オレはジムを継ぐ気は無いしその資格も無い。
フスベジムなら姉さんが立派に継いでいるからそんな必要なんてどこにも無いだろ。むしろそれを言うならアンタこそどうなんだよ?」
言われた瞬間、銀髪の青年が僅かに動揺したのを長身の男は見逃さなかった。
「父さんのやり方では甘過ぎる、だから断っただけの事だ。」
「その割には随分と未練があるように思えるのは気のせいか?まあ今はどうでも良い。ただ、最近妙な情報を小耳に挟んでな。」
「妙な情報?」
長身の男が思った通り銀髪の青年は食いついてきた。
「どうやらマグマ団が凄腕のトレーナーを雇ったらしい。どうやら奴らは本気でオルドビスを叩く気みたいだ。」
「何だって?ボクがあれだけ隠蔽工作を徹底したのに存在がばれたのか?」
やはり銀髪の青年は裏からオルドビスを手伝っていたようだ。
口ではああ言っているが、創設者の1人である自分の父に危害が及ぶ可能性は少ない方が息子としては安心なのだろう。
「まだ完全じゃあないみたいだけどな。何者かが自分達の邪魔をしているというのには薄々感づかれてもおかしくは無いさ。」
「ならすぐにでもアルバか君が行ってそいつを……」
「辞めときな。どっちみちこの程度の相手を乗り越えられないんじゃあこの先やっていけないさ。それに……いや、何でも無い。」
この男が彼らのリーダーの一人と戦った事は銀髪の青年にも内緒にしていた事だった。
戦ってはっきりとわかった事だが、少なくともそう簡単にやられるようなヤワな集団では無いとこの男は確信している。
「確かに、ここは彼らを信じてみるしか無いな。」
彼らが実力で倒せなければ意味が無いと青年も理解した。
「そういう事だ。じゃあそろそろオレはその頼み事とやらをやってくる。」
薄暗い部屋の中、長身の男の群青色のマントが翻った。


ここ1月程マグマとアクアの両組織が何故だか形を潜めていて、恐ろしく不気味ではあるが、平和な日常が続いていた。
「これが新しい通信機材……」
コウが自分の身長よりも大きなダンボール箱を見上げた。
「親方から送ってきて貰った評価試験型の最新式無線サーバーだ。」
ブラックが答える。デボンとしては発売前のテストもここでやらせておきたいのだろう。
しかも最近教団の連中が事件を起こしていない為、その間の早い内に搬入したいらしい。
「じゃあ裏手の変電所の側にでも設置するか。」
と、コウはモンスターボールを取り出すと一旦は四角い機械の中にしまう。
コウに与えられている装備、大容量記憶デバイスだ。
機械の操作をした後、再び取り出したボールを投げる。と、中からはカイリキーが出てきた。
通信機材はとても重いので人間の手で運ぶのは不可能に近い。しかしポケモンなら難なくこなせる。
「役に立っているようだな、その大容量記憶デバイスは。」
勿論、このカイリキーはメタモンの変身した姿である。
「まあね。これさえあれば何にでも変身出来るからね。」
前回説明したと思うので、今更大容量記憶デバイスの説明は不要だと思うが、
念のために言っておくと、この装置は中に入れたポケモンに別のデータを付加させる事が出来る。

「まあ高い物だから壊したりするなよ、通信機材もそのデバイスもな。」
一応特注品であるので、それなりの手間がかかっている。
「はいはい、分かっていますよ。ところでヘキルは?」
「姉貴ならこのルネビルの4階にいるよ。なんなら呼び出そうか?」
ルネビルとはオルドビスの本部が置かれている目の前の建物の事だ。
「いや、それには及ばないよ。後で自分から行くからね。」
「なら別に良いけどな。で、さっきから気になっていたんだが何で親方に変装しているんだ?話しづらくてしょうがない。」
格好はもとより話し方といい立ち振る舞いといい何から何までそっくりだが、どことなく違和感を覚える。
一体どこが違うのかはわからないが漠然と本物じゃないのはブラックにも分かる。
「特に意味なんか無いけどね。そんなに気になるなら変えようか?」
「いや、もう行くから別にそのままで構わないよ。」
ブラックはこの後ホウエン企業連の会議に招かれている。
そこで今後のアクア、マグマへの対応が話合われる事になっていた。
「そうか。じゃあまた後でな。」
「おう。」
そしてブラックはモンスターボールからエアームドを繰り出すと、「空を飛ぶ」を使ってカナズミの方へと飛んで行った。

「さて、と。」
コウはまずはこの無線機の取り付けを行わなければならない。
所定の位置にカイリキーで運んだ後、次はサイドンでネジ穴を開け、最後にまたカイリキーに戻してボルトを締める。
こういう時、次々と必要なポケモンを切り替えられるメタモンは非常に便利だ。
ひと仕事終えたコウは本部ビルで休む事にした。エレベーターで迷わず4階へと向かう。

「あ、コウちゃーん。」
すぐに手を振ってきた人がいた。ヘキルだ。
彼女はコウにとって大切な親友である。コウがどんな格好をしていても彼女には一発で見破られてしまう。
以前、彼女になぜ分かるのかを尋ねてみた事があった。
その時の彼女の返事は
「だってコウちゃんだもん。」
といったもので、結局根拠らしいものは何一つ聞き出せなかった。
だが、何はともあれコウにとって最も安心できる時間が彼女と共にいることである事は疑いようが無かった。


「最近、奴らが妙におとなしいのが気になる……そこの所はどうお考えかな、ブラック君?」
カイナ造船所の所長が言った。
「ええ、この1ヶ月間、全くと言って良いほど奴らは息を潜めています。
我々の見立てでは何か大きな作戦の準備をしているのだと思います。」
「大きな作戦?マグマ、アクア揃ってかね?」
「いえ、恐らくはマグマ団だけかと。」
第5部隊の調査によると、内部で活発な動きを見せているのはマグマ団の方だけである。
アクア団はあくまで傍観する気でいるようだ。
「で、何か対策は考えているのかね?」
デボンのツワブキ社長が指摘する。
「今は目覚めの祠の警備を厳しくする他は無いかと。どの道奴らの最終的な目的地はあそこですから。」
目覚めの祠…それは陸の神グラードンの眠る地。
古来から限られた者のみが入る事を許され、その地の民の心の拠り所となってきた場所。
神の伝承の書が正しいのならそこの最深部に陸の神がいる。

「神が眠っている今のうちにその神を倒すという事は出来ないのでしょうか?
そうすれば封印を気にする必要もなくなるのでは。」
こう発言したのはキンセツシティの地場産業、カゼノ自転車のカゼノさんだ。
どうやら、奴らの最終目標が神の復活ならそれを根元から絶ってしまおうという考えのようだ。
「不可能では無い。だがリスクが大きすぎる。」
そう言ってツワブキ社長は一束の資料を渡した。
資料の表紙には「伝説の3巨鳥の性質」と書かれていた。
「それは3年前に起きたオレンジ諸島危機の直後にオーキド博士という方の書いたレポートです。」
ツワブキ社長の女性秘書が補足する。
オレンジ諸島危機とはここ数年間で唯一、神のポケモンが関係している事件である。
ある男が神を我が物にしようとして失敗し、それがもとで神のパワーバランスが崩れて異常気象を引き起こした。
確か主犯格の男の裁判はまだ続いていたはずだ。オーキド博士はその時にテレビで解説をやっていた。
そのままでは読みづらいだろうから秘書がプロジェクターでそのレポートを投影する。

レポートの内容を簡単に説明しよう。
このレポートはアーシア島の巨鳥ポケモンの話ではあるが、このホウエンの2神に関係の無い事では無かった。
それによると、神というものは各地域でポケモンの住みやすい環境に整備する役割を持っていることになる。
「ホウエンの神は雨と太陽を司る。恐らくこの2体のうちどちらか一方でも倒せば気候のバランスが崩れる。」
そこまでは誰にでも想像がつく事だ。
更にツワブキ社長は続けた。
「仮にもし、2体の神を同時に倒してもホウエンは別の異常にみまわれるだろう。」

その根拠はこうだ。
眠っている状態でも常に2体の神からは凄まじい熱量が発散されているのが観測で分かっている。
この2体がいなくなるとホウエンの気温が平均で5度程下がる。
5度というと大した事の無いように聞こえるかもしれないが、
これは平均での話で、最低気温は最大10度以上下がるかもしれないのだ。
各地域それぞれの神は各地域の環境を保つ。まさにそのレポートの通りだ。
「分かったかね?まあホウエンが滅んで良いなら構わないがな。」
「いえ、さっきの発言は取り下げます。」
カゼノさんはあっさりと引き下がった。


「あれ?サイコソーダが売り切れているな。」
ルネビル屋上の休憩スペースにある自販機のサイコソーダの所には赤い「売り切れ」という文字が浮かんでいた。
「別のにすれば?」
まあヘキルの言葉が正論だったが、
「いや、どうも今はあれが飲みたい気分なんだ。」
そう言ってコウはわざわざ買いに行ってしまった。
これから危険が待ち受けているとも知らずに……

ルネシティは火口に海水が流れ込んで出来た特殊な地形で、あちこちが冠水しているため、
移動には水ポケモンかボートが必須となっている。
とはいえどちらもコウには不要なものである。 コウはメタモンを変身させたキングドラの上に乗ってフレンドリィショップのある対岸へと渡った。


メタモンをしまった時であった。
「!!」
突然殺気を感じたコウは後ろへ飛び退いた。そして次の瞬間、
ガガガガッ!!!
コウの目の前を閃光が走った。それは間違いなく破壊光線の光である。
すぐにその光が放たれた方向に振り向くとそこには緑色の竜型ポケモンがいる。
その横にはそのポケモンのトレーナーらしき人物もいた。
「よくかわしたな。お前の反応速度は賞賛に値する。」
静かにしかし明らかに敵意を込めた口調だ。
「何のつもりだ?」
いきなり破壊光線で人間を直接攻撃してくるなど、正気では無い。
「私はお前を殺すようにと依頼されたのだよ。」
コウはそこまで聞いてこの男が何者であるかが分かった。
「なるほど、賞金稼ぎのリュウか。と、なると依頼人はさしずめマグマ団と言ったところか?」

リュウ。
それは裏の世界では知らない者はいない凄腕の賞金稼ぎだ。
主にジョウトを中心に活動し、報酬さえ貰えればどんな依頼でも引き受ける。
そして受けた依頼は93%達成するという。
実はコウはリュウがマグマ団のもとへとやってきていたのは知っていた。
だがそれは次の作戦の為だと思っていたがそうでは無かったのだ。
「さあ?それは言えないな。依頼人のプライバシーを守るのも私の仕事のうちなのだよ。」
彼はああ言っているが、まず間違いは無いだろう。
だがそうなると一つ確認しなければならない事がある。
「何故僕を狙う?」
「お前が元ホウエン1の情報屋、コウだからに決まっているだろう。」
やはりこの姿が変装である事も分かった上で攻撃している。
しかし何故だ?変装は完璧だったはずだ。
だがまず今は自分の身を守る事が先決だ。
恐らくリュウはこちらが何に変装しても見破ってしまうだろう。
「戦うしかないのか……ならば行けっ、メタモン。」
コウは先ほどしまったばかりのモンスターボールを再び投げた。
「ふん、足掻きたければいくらでも足掻け。こんなつまらない依頼も少しは楽しくなるだろうからな。」
まるで勝つのが前提であるかのように余裕だ。
「そんな表情、いつまでも続けられると思うな。メタモン、変身!!」
メタモンは目の前にいるポケモンを見た。
そして体がうねうねと変化し、敵のフライゴンに変身した。
「戦闘開始だな。やれ、フライゴン。」
リュウのフライゴンが猛然とメタモンに向かう。
「メタモン、行け!!」
コウのメタモンも相手と同様にまっすぐフライゴンへと向かった。

「ドラゴンクロー!!」
まずリュウが命令をだす。
「ドラゴンクロー!!」
続いてコウが叫んだ。
正面からぶつかり合う2体の地竜。
フライゴンは右手で、メタモンは左手をそれぞれ灼熱化させて互いを切り裂こうとする。
2体は左右対称ではあるものの、殆ど同じ動きをしていた。
違う事といえばメタモンの方が若干遅れているという事だけだろう。
キィィィンッ!!
2体が共に弾き出される。
「まだまだ!!」
フライゴンの体勢が立ち直ると右方向に移動させる。
と、起き上がったメタモンの方も左に同じ動きを開始した。
メタモンは明らかにわざと相手の動きを左右対称に真似している。

「竜の息吹!!」
やはりコウの方が少し遅れているものの、命令は殆ど同時に発せられた。
そして2体の技は再びぶつかり、空中で小規模な爆発を起こす。
「あと0.2秒……」
更に2体共に爆風の中に突っ込む。
「ドラゴンクロー!!」
今度の命令は一瞬の狂いも無く全く同時に発せられた。
そして先ほどと同じように2体はまた弾かれる。

「そうか。これがお前の戦い方というわけか、コウ。」
コウの戦い方、それは相手の動きを真似る事によって相手の思考パターンを探る。
そして探り終えた時点で常に相手の動きを先回りし、精神的にもダメージを与えようとするものだ。
つまり、さっきコウが呟いたのはリュウから後どれだけ遅れているかのカウントダウンだったわけだ。
「ご名答。たった今あんたの思考の解析は終了した。
攻撃の癖、回避の軌道、そして防御の穴。それらが解れば怖いものなど無い。」
たった3回の技のやりとりの間にやり終えてしまうあたり、コウの情報処理能力の高さが伺える。
「それは残念だ。なんせお前は今から戦術を一から組み直さないといけなくなるんだからな。」
リュウは相変わらずの余裕の表情でしれっと言った。
「何を負け惜しみを。そう言ってられるのも今のうちだ。」

そしてメタモンとフライゴンはまた動き出した。
両者は全く同様に動く。今度はむしろメタモンの方が若干早い。
飛翔し、高空で何度となくぶつかる。
「破壊光線!!」
命令はコウの方が一歩早い。
「破壊光線!!」
少し遅れてリュウも命令を与える。
メタモンの破壊光線がフライゴンに後ちょっとで当たるというところで相手の破壊光線で相殺される。
竜の息吹の時とは比べ物にならない位の巨大な爆発。
破壊光線は膨大なエネルギーを消費する為、撃ってから約5秒間は何も出来なくなってしまう。
コウはリュウより約0.6秒早く破壊光線を放った。
つまりメタモンが動けるようになってから相手が動けるようになるまで0.6秒もあるのだ。
この間に最大級の一撃をいれて勝利する、それがコウの考えだった。
しかしコウは思い知ることになる。この男、リュウの余裕の理由を。

ズキューン!!

まだ動くことの出来ないメタモンを突如として閃光が襲った。
破壊光線だ。
「何だと!!」
その技は相手の撃った破壊光線にまず間違いは無かった。
まだ相手は動けるはずが無いのだ。本来、破壊光線の連続発射など理論上、出来るわけが無い。
「全く、お前如きにこの力を使わせられるとは……だが、これでもう詰みだな。」
「この…力?」
コウは今の話からリュウの切り札がだいたい察しがついた。
要はこいつもブラックやスイバ達と同じなのだ。
「私にこの力を使わせた奴は半年ぶりだよ。なかなか驚きの実力だ。」
そう言っている割に、まだまだ余裕の表情は崩しそうにない。
コウにとってはそれよりも作戦の立て直しが急務となっていた。
先ほどの攻撃で1匹目のメタモンは完全にダウンしている。
しょうがないのでコウは2匹目のメタモンの入ったモンスターボールを大容量記憶デバイスに入れる。
今この場で最適なポケモン、相手がどんなに有利でも勝てる力のあるやつ。

「行け、メタモン!!」
中からは水色の体をした、タツノオトシゴ型ポケモンが出てきた。
それは先程移動にも使用していたキングドラというポケモンだ。
キングドラはドラゴンタイプを持ち、フライゴンにも十分対抗し得る能力がある。
「ほう、その機械、メタモンの形態を自在に変えさせる事が出来るのか…」
感心したようにリュウが言った。
「そっちの能力の方がずっと卑怯だろ。」
「それはそうだな。」

厄介な相手だとコウは思った。
純粋にトレーナーとしての腕も他の隊長と大差は無い上にこの上なく強い力を持つ。
先ほどの分析から奴は攻撃から防御への移行は若干遅いが、攻撃に一切のためらいが無い。
「殺す」と言ったら絶対に殺す、そういう奴だ。
「何か奴を倒すには…」
小さな癖は数えるときりがないが、致命的な弱点と言えるようなものは今のところは一つも発見出来ていない。
コウの脳内の考え方では「長所=短所」という図式が成り立っている。
しかし、飛び抜けて高いパラメータも無くまた特定の戦術に頼る事もしないリュウに死角は無かった。
そして何よりリュウの能力、それが汎用性を増大させている。

「ち、とにかくやるしかないか。メタモン、冷凍ビーム!!」
こうなったら後はもう単純に力で勝つしかない。
ポケモンのタイプ相性、特性、そして自分のとれる最大限の戦術。
地面、ドラゴンのタイプを持つフライゴンには氷タイプの技は普通の4倍近く効く。
「避けろ、フライゴン。」
やはり予想通り相手は回避に入ってきた。だが既に敵の回避軌道をコウは把握している。
フライゴンが一回転をしながらよけようとする。
「今だ!!」
コウは冷凍ビームの収束度を僅かに緩めた。こうする事によって威力は少し下がるが攻撃範囲が広がる。
リュウなら絶対に紙一重でよけようとするとの予想からきた戦術だ。
そして予想通りに冷凍ビームが不完全ながらヒットした。
かすっただけだが、それでも十分な威力を発揮した。
フライゴンは左の翼が凍って着陸する以外に選択肢がなくなったのだ。
フライゴンの地上での速度はお世辞にも速いとは言い難い。
もはや陸にあがった河童同然のフライゴンなどコウの敵ではない。

「フライゴン、砂地獄!!」
それでもただでは転ばないのがリュウという男であった。
砂を巻き込みながらの竜巻を発生させる。
「メタモン、竜巻!!」
コウも対抗する。
ガッ!!
2つの技はぶつかり合う事なく互いに直撃した。
この結果、メタモンはフライゴンを討ち取る事はできたがダメージを受けてしまった。
「やるな。なら次はコイツだ。」
リュウは腰のホルダーからモンスターボールを取り出して思いっきり地面に投げつける。
そしてボールが開き中からリュウの2体目のポケモンが姿を現す。
太く強靭な足腰、炎タイプを示す赤い体色、嘴のような口。それはバシャーモであった。
しかし何故このタイミングでこのバシャーモを出したのかが全くわからない。
バシャーモでキングドラを相手にするのは至難の技なのだ。

「メタモン、ハイドロポンプだ!!」
キングドラの口から勢いよく水流が吐き出される。
水タイプの技の中でも最高ランクのこの技は時には圧力が数十tにも及ぶ事があるという。
しかしコウはわざと圧力を下げて先ほどの冷凍ビームと同じように拡散率を上げた。
「かわせ。」
リュウは特に慌てる様子もなく静かにバシャーモに告げる。
迫り来る水流を前にバシャーモは一足飛びで回避した。さっきの二の舞を恐れてかだいぶ距離をとっている。
コウは始めから今の攻撃を当てるつもりは無かった。
ただ、相手のバシャーモの力を見ておきたかったのだ。

「メタモン、竜巻!!」
コウは間髪いれずに技を畳み掛ける。
「突っ込め!!」
リュウは何を考えたのか、バシャーモをそのまま竜巻の中へと向かわせた。
渦巻く風の中を一瞬で突っ切るバシャーモ。速い。
次の瞬間には既に竜巻を脱出し、キングドラの眼前に姿を現した。
「なっ…」
唖然とするコウをよそにリュウはこの絶好のチャンスを逃しはしなかった。
「ブレイズキック!!」
接近戦の苦手なキングドラ相手に容赦なくバシャーモの炎を纏った回し蹴りが炸裂する。
炎タイプのブレイズキックはキングドラに一見効かないように見える。
しかしバシャーモの足は全身の筋肉の半分が集中する。
その竜巻を一瞬で駆け抜けるほどの脚力をもってすれば炎は関係無しに物理的な蹴りの威力だけがキングドラのダメージとして残る。
なんとか持ちこたえはしたものの、かなりのダメージを受けてしまった。

「ち、こっちだ。」
コウとキングドラは反転し、一気に駆けていく。
「逃げる気か?無駄な事を…」
リュウもすかさず追う。
やはり陸上ではバシャーモの方が速いため、差がどんどん詰まっていく。
しかし、開けた場所に出た途端、キングドラの姿は水中へと消えたのだ。
コウが逃げ込んだ場所、そこはルネの冠水地区だった。
数十年前に起きた火山活動の影響で地形が変わった為に出来た地形で滅多に人が来ないせいか、
土地は荒れ果て建物も廃墟ばかりの所である。
水中に潜った事で見違えるように動きの良くなるキングドラ。まさに水を得た魚ではなく、水を得たタツノオトシゴだ。

「メタモン、ハイドロポンプ!!」
水をほぼ無限に供給できるようになった為、ハイドロポンプもどんなに連射しても尽きる事は無い。
バシャーモはよけるのに必死で防戦一方だ。
それでも、キングドラの放ったハイドロポンプを一発も受けていないのはその挙動の良さからだろう。
だがこのままで不利なのがバシャーモの方なのは明白だ。
何故ならバシャーモは全身筋肉の塊である為、持久力が低いのだ。
バシャーモはそれでもよけ続ける事に徹した。
まるでコウにハイドロポンプは効かないと必死でアピールしているように見える。

そしてリュウのその誘いにコウは乗ってしまった。
ハイドロポンプでは当たらないと判断したコウは戦法を切り替えたのだ。
「メタモン、波乗り!!」
波乗りとは読んで字の如く水上に波を起こしてその上に自らも乗って敵を攻撃するという技だ。
ハイドロポンプよりも攻撃範囲が広く命中性も高いが威力は若干劣る。
それにある程度の水量のある所で無いと使えないという欠点の有る技でもある。
しかし今はその条件を満たし、最大威力で敵を倒す……はずだった。

「バシャーモ、オーバーヒート!!」
リュウはさっきからこの瞬間を狙っていたのだ。
今波を送り出して近づいて来ているキングドラは完全に水中から姿を出している。
水中ではどうしようも無い相手でも姿が現れていれば関係ない。
バシャーモは体からありったけの熱量を放出する。
全方位に放たれた熱波は鉄をも溶かす程の力を秘めている。そんな熱波が水と接触したら一体どうなるだろうか?
答えは簡単だ。水が一瞬で蒸発し、凄まじい水蒸気爆発が起こる。

「跳べ、メタモン!!」
コウはすんでのところで相手の狙いに気づき、最初の爆発を回避した。
そしてコウ自身も熱波から逃れるために廃墟の影にかくれた。
水蒸気爆発を避けたは良いが、辺り一面が蒸気により先が全く見えなくなってしまった。
これではコウには相手のバシャーモ位置は愚か、キングドラの位置すら分からない。
「バシャーモ、オーバーヒート!!」
リュウの声が聞こえてくる。この限られた視界の中でも全方位を攻撃するオーバーヒートなら関係ないというわけだ。
「マズい!!」
コウがそう思った時には既に遅かった。

熱波の第2波。
一度目と同じ威力が再び、いや、空気中にさっきの熱が充満しているので今度のはさっきよりも更に温度が高そうだ。
普通、オーバーヒート程の大技を使うと体力を相当消耗するためにパワーが落ちるはずなのにこのバシャーモにはそれが無い。
これもリュウの力に因るものかと思われる。
もやの晴れた後、そこには変身が解けてぐったりとした紫色のポケモンがいた。
「私をあまり甘く見ない事だな。お前とは踏んだ場数が違う。」
そこにあるのはいくつもの修羅場をくぐり抜け、そして生き残ってきた本物の戦士の姿であった。


「結局あれ以上の事は決まらなかったな。」
ブラックは先ほどの会議に不満たらたらだ。
その理由はまず集まった企業連の各企業がそれぞれの利益を主張した為に会議が殆ど進展しなかったからだ。
まあ利益というよりはそれは願いに近いものだったのかもしれない。
皆アクア、マグマが怖いのだ。だから自分達の地盤を一番に気にかける。
それは責められるべき事では決してないはずだが、これでは採決をとる事は不可能だ。
「ブラック君、まあ気を落とさずに。」
親方が慰める。この会議、一番的確な発言で実質的なまとめ役になっていたのは彼だった。
現在、ブラックは親方と共にカナズミのメインストリートを中心街に向かって歩いている。
「これだけの人数しかいない俺達にこの広いホウエン全域を守れって言うのがそもそも無理な話だと思うんだよ。」
オルドビスの構成員は現在244人。それに対してアクア、マグマは合わせると総勢約3万人。
実にホウエンの人口の1%にも達し、規模はオルドビスのおよそ120倍にもなる。
まあその殆どはただの平信者だが、その平信者からの資金がアクア、マグマの予算の多さにつながっているのだ。

「でもこちらにはブラック君を含め能力者が3人、そして他にも極めて優秀な人材ばかりだよ?」
確かにオルドビスの平トレーナーでさえ並のトレーナー2人相手でも勝てるぐらいの実力は楽にある。
そしてブラック達隊長クラスともなれば5、6人は軽く倒せる程だ。
しかしそれでも数の差をひっくり返せる程ではない。
「俺の実力ぐらいの奴なんて幾らでもいるからな。
この間だってガイとかいう奴に負けたばかりだし、大会でもダイゴに負けたしな。」
「まあダイゴ君は特別として、少なくともガイって人も能力者だったのだろう?」
奴はプリベンターとかいう力を使っていた。しかしブラックだって能力者なのだ。条件だけなら五分だ。
「一体、能力者ってなんなんですかね。」
ブラックは物心がついた頃には既にこのパワービルダーの力が発現していた。
だからこの力はブラックにとってはごく普通のもので、疑問に思った事など一度も無かったのだ。
それが最近、様々な能力者と触れ合う機会が増え、改めて自分の特殊性に気が付いた。
「そうだな。ブラック君には話しておくべきかもしれない。
まだ全てが解明されたわけじゃないけど、教えられる所は全て話そう。」
親方が少し神妙な面もちで話し出した。

「まずブラック君、君は能力者と呼ばれる人間がどの位の割合で発生するか考えた事はあるかい?」
聞かれてブラックはまず最初に自分の知っている能力者の数を考えてみた。
そこから想像出来る能力者の人数は……
「二千人に一人ぐらいですかね?」
まあ割と無難な答えだろう。
「残念、外れだ。正解は65536人に一人なんだよ。これは遺伝子工学的に証明されている。」
遺伝子のある部分が特定の配列を持っていると能力者になるのだという。
65536人に一人だと、このホウエンには約45人は能力者がいる事になる。
「以前、君を含めて今デボンが把握している全ての能力者から血液を採取してね。その結果がそれさ。」
そういえば1年ぐらい前に採血された記憶がないわけではない。
「現在、デボンには7人分の血液サンプルがあるんだ。」
「へえ、7人もか。」
正直、ブラック達以外にも4人も能力者を把握していたとは意外だ。
「まあ最も、その殆どが戦闘とは関係のない力の持ち主だけどね。」

その残り4人の中にはポケモン用増毛美容院「アートランス21」で有名なワーダ氏もいるそうだ。
彼女の力はポケモンの毛を伸ばすものらしく、ポケモンコーディネーターの間ではやたら重宝されているらしい。
他にも2人、ポケモンとのコンビ漫才で有名な芸人とか、ポケモンのカリスマ栄養士など、テレビなんかでよく見かける人だった。
皆、自らの力を使ってのし上がっていたというわけだ。
「他に何か分かった事は?」
「今のところ分かっている能力者の性質は大きくまとめると2つ。」

一つ目は、能力が未だ眠っているトレーナーもいる、という事。
生まれつき能力が発現しているトレーナーが多数派だが、中には何かのきっかけで後から発現するようになった人もいるらしい。
スイバはこの部類に入ると言っていた。

二つ目は能力者同士は互いを引き付け合う性質を有しているという事。
こちらはまだ詳しいメカニズムは解明されていないが、やはり遺伝子に起因するものらしい。
しかしこの性質が無ければ今頃オルドビスはどういう構成になっていたかとても想像できないそうだ。

「僕はこの世界に能力者達が存在するのには何か大きな意味があるように思えて仕方がないんだ。
今のところはまだまだ不明な点ばかりだけど、必ず解明してみせよう。」
確かに、これだけの情報ではとても理解したとは言い難い。
正直ブラックも期待していたより少なくてがっかりしていたが、一つ確証を得た事があった。
「オルドビスのメンバーは必然的に集まった。ならば俺にも役割があるはずだ。」と。


ドンッ!!!
コウの5匹目のメタモンが激しく建物に叩きつけられる。
「くっ…」
敵の力はコウを圧倒していた。
あれからの戦闘でコウはリュウのバシャーモを倒せていない。
オーバーヒートを無制限に使えるというのは確かに驚異的な事だが、
それ以上に技量とポケモン本来の身体能力の高さがリュウの力を支えているというのもまた事実だ。
現にリュウは次々と姿を変えて襲ってくる4体のメタモンをたった1体で全て倒した。
「どうした?最後の1匹を出さないのか?ならばこのまま死ぬ事になるだろうがな。」

相変わらずの余裕。
恐らくリュウは最初からコウの変装のシステムに気づいていたに違いない。
でなければこんなわざとらしい挑発はしないはずだ。
自分の本当の姿をさらす事になってしまうが、命には代えられない。
コウの本当の姿が知られてしまったとしても、潜入による情報収集が多少やりにくくなるだけである。
そう、コウは自らにメタモンを被せて変装をしているのだ。
予め採取したり設定しておいたデータを大容量記憶デバイスでメタモンに打ち込むだけで出来る簡単変装。それがコウの変装システムだ。

「戻れ、メタモン!!」
大容量記憶デバイスによる操作はモンスターボールの中にポケモンが入っていないと出来ない。
メタモンが変身を解除して離れる。普通の個体より若干赤みの強い個体だ。
そしてついにコウの本当の姿がさらけ出される。
「意外に普通だな。」
リュウの第一声がこれだった。
良くも悪くもこれと言って特徴の無い顔立ち、腕っぷしは余り強くはなさそうな青年だった。
「悪かったな、普通で。」
そう言いながらもコウはデバイスを操作する。
コウはこれだけは使うまいと封印してきたあるデータを引き出そうとしていた。
複雑な認証コードを打ち込み、更に指紋認証までパスしないとそのデータは引き出せない仕組みになっている。
このデータは悪用しようと思えばいくらでも悪用出来るのだ。
それほどその力は強大なのである。

「行け、メタモン!!」
ようやく封印を解除したデータをメタモンに貼り付けて、そのモンスターボールを放り出す。
光の中から現れる獣……
「あ、あれは……」
リュウも絶句する。
何故ならそこにいたのはジョウトの3王の内の1匹、エンテイだったのだ。

エンテイは「ほのおのみかど」とも呼ばれ、ジョウトでは炎を司る神の化身として崇められている程のポケモンだ。
その足で一日に千里を駆け、口から発するのは地獄の業火だとまで言われている。
「メタモン、火炎放射だ!!」
その地獄の業火がバシャーモに向かって放たれる。
「バシャーモ、オーバーヒート!!」
これまでで5回目のオーバーヒート。
この絶対的な熱量による攻撃がどれだけの威力を持っているかは先ほどまでの戦闘でコウは痛いほど理解している。
その熱波と業火がぶつかり合う。
このまませめぎあうのかと思われたが一瞬でエンテイがオーバーヒートを押し返し、バシャーモを火の海に包んだ。

流石は炎ポケモンの王。
火炎放射はオーバーヒートを打ち破ったその勢いで更にはバシャーモまで焼き尽くした。
全身に大火傷を負いながらのた打ちまわるバシャーモ。
バシャーモも炎ポケモンであるからには多少の耐性はあるはずなのだが、エンテイの炎はそれを遙かに上回った超戦力を持っているのだ。
「く、戻れ……強いな、メノクラゲよりはまだ手ごたえがある、という程度の話だが。」
メタモンによる模造品だとしても、神を目の前にして尚この余裕。
まだ何かを隠しているのか、それとも只のハッタリか。
「良い事を教えてやろう。そのメタモンは特別な訓練をしてある。
あらゆる物に完璧に擬態出来るような地獄の特訓メニューをクリアした唯一のメタモンだ。」
だからコウ自身の変装も安心して任せる事も出来る。
他のメタモンではいくら王の姿に似ようとも能力までは完全に再現は出来ない。
「ふうん、地獄ねえ。そういうお前は本当の地獄を知らないのだろうな。」
リュウはどこか遠い目をしながら言った。
「何が言いたい?」
コウにはリュウの言葉の意図が読めなかった。

「私は何度も地獄を見て来た。ある時は依頼人に裏切られ、またある時には社会全体を敵に回した。」
コウの質問などお構いなしにリュウは話し続ける。
「もっとも、この世界ではそんな事は日常茶飯事だ。
だがな、そんな中でも私は生き残ってきたのだよ。何故だか分かるかね?」
一歩間違えると死と隣合わせの日常を生き続けて来たリュウが学んだたった一つの理。
「理解出来ないな。」
情報収集という後方の任務を請け負ってきたコウにはとても想像のつかない世界である。
「それは私が何者よりも強いからだ。
そう、この世界は力こそが全て!!力の無い物はそこで死すのみ!!私の本気を見られる事を光栄に思えぇっ!!」
すっかり誰だか分からない程にキャラが変わってしまっている。
リュウの全てが詰まったモンスターボール。空中を放物線を描きながら力強く地面に向かう。
開いたボールから出てくる大きな影。
「いでよ、我が最強の下僕!!」

現れるべくして現れる、王に拮抗出来る力、その名はケッキング。
体に刻まれた無数の傷が歴戦の激しさを伝えている。
「メタモン、炎の渦で焼き尽くせ!!」
すかさずコウはエンテイに命令を与えてそいつを倒そうとする。
エンテイの口から放たれた火柱がケッキングを取り囲み、じわじわとなぶるように燃やす。
コウはこの攻撃に確かな手応えを感じた。
数十秒もの間、炎はケッキングを包み続けた。しかし…

「ケッキング、破壊光線!!」
内容から炎の壁を突き破って放たれる閃光。
もちろんエンテイへの直撃のコースを辿り、更にその凄まじい力は炎の渦をなぎ払う。
エンテイは後ろに素早く跳び退いた為に辛くも破壊光線を避ける事が出来た。
しかし、着弾地点にはまるでミサイルが当たったかのようなクレーター。凄まじい攻撃力である。
そしてケッキングはこちらへと向かって来る。
あれだけの炎を受けても殆ど無傷に近いとは、リュウの切り札だけの事はある。
「メタモン、突進!!」
エンテイが加速し、ケッキングに突っ込む。
「止めろ、ケッキング!!」
エンテイの渾身の力を込めた突進をケッキングは正面から受け止めようと言うのである。
ドン!!
激しい衝突音と共に2体が接触する。
ケッキングは本当に、エンテイを止めてしまった。しかしエンテイの方が押している。
「押し切れ、メタモン!!」
ケッキングの足が徐々にズブズブと地面にめり込む。
接地面積がエンテイより狭い分、余計に力がかかるのだ。
「怪力だ!!」
ケッキングは今の密着状態からそのままエンテイを抱え込むようにして持ち上げる。そして力任せにぶん投げた。
ケッキングが戦い始めて既に数分が経過しているが、一向に休む気配が無い。

確かにケッキングは一般ポケモンの中では最強の力を誇り伝説系のポケモンとも互角以上の超絶的なポケモンだが、
その代償として行動時間に大きな制限を受けている。
およそ戦闘時間1分毎にだいたい数十秒の休息が無いと連続しては動けないのだ。
ところが、このケッキングは疲れるどころか息の一つも切らさない。
これもやはりリュウの能力が成せる技なのだろうか。
更にリュウは先程から反動を伴う技をより積極的に使うようになった。
自分の力を最大限に発揮する為の最善の策だ。
一方で追い詰められているのはコウの方だ。パワーにおいてエンテイはケッキングに劣っている事が今のやりとりで証明されてしまった。
いくら王の姿をしたところで所詮、元はメタモン。再現をするにも限界がある。
つまりは筋肉の組成を完璧に再現していたとしてもそこにエネルギーを完全に送れないと意味は無いという事だ。
これが本物のエンテイとメタモンによる再現との差となっている。
それは常人には気づけない差かもしれないが、このレベルでの戦いは僅かな差が勝敗を左右する。
焦るコウと余裕のリュウ。
流れがどちらに傾いているのかは二人の表情から手にとるように分かる。

「ケッキング、捨て身タックル!!」
「エンテイ、火炎放射!!」
やはりケッキングは炎など関係なしに突っ込んで来た。
そんな命令を与えるトレーナーもトレーナーだが、炎を一切恐れないケッキングもどうかしている。
炎を突き破っての攻撃にたまらずエンテイは吹っ飛ばされる。
エンテイはダメージが蓄積してきているためにもうあまり長くは持ちこたえそうにはない。

コウはこのやりとりを必死に大容量記憶デバイスに記録していた。
少しでも情報を多く集めて早急に対策を練らないとならない。
走り方や体格から体脂肪率や筋肉の付き方を計算し、ケッキングの能力を把握する。
と、大容量記憶デバイスは意外な答えを導き出した。
エンテイの火炎攻撃は効いていないはずがないというのだ。
よくよくケッキングを見てみると、確かに焼け爛れた痕が確認出来る。つまり奴は炎を我慢しているに違いない。
そして大容量記憶デバイスが導いたもう一つの答え。
2500℃以上の炎を40秒以上照射し続ければ、ケッキングを倒す事が出来る、という事。
しかし2500℃などという熱量を持つ技などいくつかに限られている。その中でエンテイが今現在使用可能なのは大文字だけだった。
今回、的が大きい事もあり命中精度の方は大して気にしないでも良さそうだ。
だが、問題は40秒という照射時間。そこまでエンテイの体力が持つかどうかが不明だ。
ぐずぐずしてはいられない。コウにはもう後が無いのだ。
「エンテイ、大文字!!」
大文字、それは炎タイプの技の中では上の中くらいの威力で、
威力的には確かにオーバーヒートや噴火などには劣るが、使用リスクが低く連続使用も容易な為に比較的使いやすい技だ。
当たると「大」の字型の炎で相手を焼く。その炎が今真っ直ぐにケッキングを捉えようとしていた。
ケッキングはさして動じた様子もなく向かってくる炎を受け止めようとする。本当に恐れというものを知らないポケモンだ。
そして炎はケッキングへ達する。

「進め、敵を滅しろ!!」
左腕を盾にし、炎から本体を守る。
「なっ…」
それはある意味全身で炎を受けるよりも酷であるかもしれない。
コウはケッキングが倒れれば無論攻撃を中止するつもりだ。
だがこれでは左腕が焼き尽くされ潰れても攻撃を止める事が出来ない。
そしてその状況でもケッキングは前に進む事を辞めようとはしない。
左腕に「大」の巨大な焼き印が刻まれてもその鉄の意志を曲げない事にコウは感服せざるを得なかった。

熱い

そんな警告をケッキングの腕は発している。
リュウはあえてその警告を無視する。リュウにとって依頼人の意思は何よりも優先されるべき事柄だからだ。
今は「コウを殺す」その言葉だけが全てなのだ。
じりじりと距離を詰めるケッキング。エンテイはもうすぐそこだ。

「チェックメイトだ。気合いパンチで決めろ!!」
コウは今、認識した。
いや、前から気づいていたのだから再認識したといった方が正しいのかもしれない。
リュウの「力」をコウは上回る事が不可能だと。
目の前に拳を突きつけられるまで認識が出来ないとは自分も墜ちたものだとコウは思った。
その拳は激しい轟音と共にエンテイを穿つ。
リュウは「力」が全てだと言った。そしてそれを見事に体現した。
それは今空を飛んでいるエンテイを見れば一目瞭然だ。リュウは自分が自分である為には「力」しか無いとも。
しかし何故だろう。コウには力とは絶対的なものには見えなかった。
同時に、コウは自身の持つ最後の武器がそれを証明してくれると信じて疑わなかった。


はらり

鮮烈な群青色の布がブラックの20m程前で横切った。
ブラックは一瞬、思考が停止してその場に立ち止まる。共に歩いていた親方にはその理由は分からないだろう。
既に日が傾きかけて全てを紅に染め始めていた。
だが、あの色は何があっても忘れる事はできない。空とも海ともつかぬあの色を。

何故あの男がここに?
そんな事を考える間もなくブラックは走りだす。
追いかけてどうするかなんて考えていなかった。正直、ただもう一度戦いたかっただけなのかもしれない。
時刻は5時過ぎ。なんと最悪なタイミングだろう。
企業傘下のこの街は帰宅ラッシュの真っ最中。しかもここは最も人通りの多い中央交差点。
駆け出したまでは良いが、角を曲がるともうその姿はどこにも無かった。
後から親方が追いついてくる。
「どうしたんだい、ブラック君?」
「いや、何でもない。」
しかし確かにブラックはあの男の姿をこの目で確認した。


「もうお前に残されたメタモンはいない。さて、お前には今二つの選択肢がある。
一つは事の顛末を洗いざらい吐いてからひと思いに殺されるか、
あるいはお前が話すまで末端から徐々に削ぎ落とす拷問に等しい死に方か。」
結局の所、過程は違えど結果は決まっているという事だ。
「事の顛末とは?」
まあだいたい予想出来る内容だが敢えて聞いておく。
同時にこっそりと大容量記憶デバイスを録音モードで起動。相手から出来る限りの情報は引き出しておきたい。

「2ヶ月前、マグマ団の行動予定がなぜかアクア団に漏れた。それも違和感のないようにとてつもない細工を施されて。
あそこまで痕跡を残さずに情報を引き出せる人間はこのホウエンにはお前ぐらいしかいないんだよ、コウ。」
「確かにそれはやったな。」
コウはあっさりと認めた。
ここで事実を否定してもコウには何も得な事はないからだ。
「では何故そのような事をした?」
「さあ?それ以上はタダでは教えられないな。こちとら本職は情報屋なんでね。」
コウは絶対にそれ以上口を割ろうとはしなかったし、リュウもそれを瞬時に察知した。
職は違うが仕事に対して命をかけているのは相手も同じだと理解しているからだ。
「だったら、もうお前に用はない。何、痛みは一瞬だ。楽に逝け。」
そう言ってリュウが取り出したのは刃渡り20cmぐらいのサバイバルナイフ。
よく使い込まれている所を見ると、今までに何人もそのナイフにかけてきたのだろう。

「言っておくが、人間としてのコウが死んだところで『情報屋』のコウは死なない。」
「勿論理解はしているさ。お前が死んでもお前の築いた情報網は残ってしまう。
用意の良いお前の事だ、どうせお前に何かあった時には他の人間の手に渡るような手配はしてあるんだろう?」
情報屋とは所詮は世の中に出回る情報を集め、それを選ぶ「検索者」に過ぎない。
情報を提供しているのは全人類。その中で必要なものを最大限に引き出すのがコウの仕事だ。
だからその検索システムが存在しうる限りその情報屋は死なない。
「しかし残念な事に、私が受けた依頼はあくまで『人間』のコウの抹殺。依頼人がそこを理解していなかったまでの事。
さて、最期に言い残した事があるなら聞いてやっても良いぞ?」

コウは少しの間考えて、
「そうだな……何故俺の正体が分かったのかだけが未だに理解不能だから、それだけ分かれば満足かな。
知らない事があったまま情報屋は死ねないんでね。」
「なるほど、最後まで『情報』を欲するのか。流石はホウエン一の情報屋だな。」
そう言ってリュウは懐から双眼鏡のような物を取り出した。
「お前ならこれを使って見つけたと言うだけで恐らくは理解出来るだろうな。」
コウには見覚えの無い型番だが、確かにそれの機能は見た目から想像がついた。
「もう良いだろ?じゃあさようならだ、コウ。久々に楽しい戦いだったよ。」
ナイフを持ったリュウが近づいて来る。それでもコウは意外なほど落ち着いていた。
リュウがナイフを振り上げる。正確に、コウの心臓ただ一点を狙って。
あと数センチで刃が到達するという時、

「ランターン、電撃波だ!!」

かけ声と共に稲妻がリュウの手からナイフを弾いた。
「何だと!?」
リュウは急いでその稲妻の放たれた方に振り向く。と、リュウは自分が囲まれている事に気づいた。
いつの間にいたのかは定かでは無いが、ざっと15人はいる。
「よ、ナイスタイミングだな。」
コウは最初から皆が既に包囲を完成させていた事に気づいていた。というのも、皆に助けを求めたのは他ならぬコウ自身なのだ。

実は大容量記憶デバイスは簡易通信機能を有している。
しかしあからさまに連絡をとってしまえばリュウが黙ってはいない。
そこでコウはどうにか自分の置かれている状況を皆に知らせる為に、封印されていたエンテイのデータを使う事にした。
エンテイのデータは使用を承認されるとその使用記録がオルドビスの方へと自動で送られるように設定されている。
元々はデボンがせっかく手に入れたデータの流出を防ぐ為にコウ以外の人間には使用させないように付加した機能ではあるが、
こういう使い方も出来る。

結局、コウが最後に頼った武器は「情報」だった。
使用記録さえ送信されれば、自分が今エンテイを使わねばならない程のピンチだと教える事が出来、
加えてその通信を逆探知すれば居場所も分かる。
「大丈夫?怪我は無いわよね?」
ヘキルが心配そうに尋ねる。
「とりあえずは。まあメタモン達が少しばかり怪我をしているけど。」
一応、コウは直接的には何のダメージも受けていない。
その様子を見てヘキルも安心したようだ。
「それにしても、ちょっと予想外の顔ぶれもいるな。」
コウは自分の部隊の連中だけが来るかと考えていた。
「コウでもかなわない相手なら僕が出てくるしかないじゃないか。」
そう言うのはランターンに電撃波を使わせたスイバだ。
恐らくオルドビスで最も強い男。
確かにコウよりも強い人間はオルドビス内には3人しかいない。

「スイバ君がね、何だか胸騒ぎがするから着いていくって。」
ヘキルが補足する。一方でスイバはそのまま臨戦態勢をとってリュウと対峙する。
スイバにしては珍しく戦う気が満々のようだ。
「やるのか、なら気をつけろ、奴は……」
「いや、いい。」
アドバイスをしようとしたコウをスイバが制止した。

「おや?誰かと思えば弱虫スイバ君か。どうした、またやられにでも来たのか?」
リュウの口から出た言葉は本人達以外を驚愕させた。
「6年ぶりかな?まだそんな血生臭い仕事を続けていたとはね、リュウ。」
と、スイバ。
「暫くジョウトで見ないと思っていたら、こんなところに逃げていたのか。」
何やらただならぬ空気を感じる。過去に何か因縁めいた物があるようだ。
「悪いが君を止めさせてもらう。」
確かな意志を込めて。
「6年前、そう言って負けたのはどこのどいつだったかな?」

スイバの脳裏にあの悪夢が蘇る。それでも怯えては駄目だ。
今はただこの強敵を倒すことに集中しなければならない。
「僕は目の前で人が殺されるなんてのはもうまっぴらなんだ。今度こそ阻止してみせる。もう6年前の僕じゃあ無い!!」
スイバはこの6年間、必死に力を付けてきた。
戦闘のスタイルも勝つために自分に最適なものを探した。
それも全てこの時の為。もうあんな思いは二度としたくは無い。
「それなら早く始めよう。楽しい楽しい一時だ。」
リュウは恰好の獲物を見つけた狩人のようだ。
「僕は別に楽しむ気は無いんだけどね。」

そして闘いが始まる。
スイバ、リュウ共に出しっぱなしだったランターンとケッキングを使う。
「ケッキング、気合いパンチ!!」
連戦を感じさせない軽快な動き。
先程のコウとの戦闘で左腕が使えなくなったケッキングではあったが、それでもその驚異的なパワーは健在である。
対するランターンはどちらかというと遠距離戦向きのポケモンであり、近距離でケッキングの拳を受け止めるのは不可能だ。
よってランターンは常にケッキングの攻撃を避け続けないとならない。
「ランターン、電磁波だ!!」
本来なら気合いパンチはその発動準備段階で攻撃を受けると集中力が途切れて力が分散してしまうものなのだが、
リュウはその能力のためにそれが起こらない。
だったら始めから自分が有利に戦いを進められるような技を放った方が得というものだ。
ランターンの額の触角から微弱な電流がケッキングに向かって流れる。
と、重トラックのようだったケッキングの動きが途端に遅くなった。
「麻痺」状態にかかったのだ。
ビデオのスロー再生のように遅い攻撃など避けられて当たり前で、ランターンは難なく気合いパンチをやり過ごした。
そしてここからスイバの本領発揮だ。
「ランターン、怪しい光!!」
ランターンの触角もとい提灯が不気味に明滅を繰り返す。
「見るな!!」
リュウが慌てて命令を出すが、もう遅い。ケッキングはその光に惹かれ、我を見失っている。
その隙にスイバは攻撃を畳み掛ける。

「電撃波!!」
電光がケッキングの背中を打つ。
だがケッキングの肉厚の皮膚の前にその電撃は弾かれてしまった。威力不足のようだ。
「どうした?そんな攻撃ではこのケッキングにダメージは与えられんぞ。反撃だ、破壊光線!」
麻痺し、混乱してもまだ動くケッキング。その超パワーは未だ衰えを知らない。
乱発される破壊光線の方向は滅茶苦茶だが、それに一発でも当たればランターンはもたないだろう。
「ランターン、メロメロを使え!!」
それならばとばかりにスイバは更に相手の身動きを封じる技を放つ。
メロメロは自分と相手が違う性別でないと使えない技だが、そこは最初から考慮してスイバは♀のランターンを出している。
相手を誘惑し籠絡するメロメロは戦闘継続中は絶対に解けない上に相手に攻撃を躊躇させる。
三重の拘束がかかれば幾らなんでも動きが鈍るだろう。
案の定、ケッキングはランターンに見惚れている。
これだけやってもまだ冷静に攻撃しようとしている事にスイバは驚かされる。
並のトレーナーならとっくに自棄になるはずの状況なのに。
だが当初から比較すれば大分戦い易くなった。問題はランターンの攻撃で倒せるかどうかだが……

「ケッキング、捨て身タックル!!」
リュウはとにかくケッキングに何かしらの命令を与えて攻撃をしようとしている。
例え命中性が今までの6分の1になったとしても、1回でも当てれば勝てるという優位は揺るがない。
「どうすれば……」
あの肉厚は簡単には電撃を通さない。
攻撃用の技としては水タイプ技の波乗りが一応あるのだが、リュウはそれを警戒してか先ほどから冠水地区に近づこうとしない。
だったら、今使える唯一の技である電撃波でどうにかダメージを与える方法を探すしかない。
防御の穴、それさえ見つければ、あるいはどうにかなるかもしれない。
と、いつの間にかケッキングがこちらに接近している。
「気合いパンチ!!」
ランターンの至近距離でケッキングの右の拳が炸裂する。
空振りとは言え、その風圧だけでランターンは軽々と吹っ飛ばされた。
と、その時、スイバの目に映ったのはケッキングの焼け爛れた左腕。
見ていてあまり気持ちいいものではないし、そこを攻撃するには倫理的にどうかと一瞬迷ったが、スイバにとって今は一瞬が勝負。
すぐさまランターンをそちらの方に向ける。
「そこだ!!」
ランターンの電撃波がケッキングに直撃する。
電流は一旦当たると全身を駆け巡ってダメージを隅々にまで行き渡らせる。
エンテイとの戦闘でもともと少し弱っていたケッキングは倒れた。

「ち、そろそろこっちも限界か。」
リュウは自分の足に殆ど力が入らない事を確認し、悪態をつく。
「諦めなよ。この状況で逃げられる筈が無いだろう?」
周りにいるトレーナー達も皆それなりの使い手である。いくらリュウでも15人もいる中を突破できはしない。
「確かに、ここは分が悪い。一旦退かせてもらうとするか。」
リュウはそう言うと腰から白い玉を出し、地面に投げつけた。するとその白い玉は破裂し、辺り一帯に煙をまき散らす。
「く、煙幕!?小癪なまねを。いいか、何が何でも奴を外に出すなよ!!」
コウが仲間に指示を出す。コウの部隊の連中はこの程度の煙幕で怯むほど弱くは無い。
しかもこの開放的な空間ではすぐに拡散してしまうために、稼げる時間は数秒もない。
煙幕とは、もっと閉鎖的なところでないと効果は期待出来ないものなのだ。案の定、煙が晴れていく。
「い、いない?」
だがそこにリュウの姿がない。
包囲を抜けた様子もないのにいないのだ。

「ふはははは。」
聞こえてきた笑い声でようやくスイバとコウは事態を飲み込んだ。リュウは上にいる。
見上げると青い竜型のポケモンに乗ったリュウがいた。ポケモンは多分ボーマンダだろう。
「待て、リュウ!!」
スイバが腰からセブンバレットを引き抜き、リュウを撃つ。だがリュウはいとも簡単に弾をナイフで受け止めてしまった。
弾を受けた刃は凍りついていた。
「冷凍弾か。こんな物まで持っているとはますます興味深い。」
リュウが感嘆する。
「逃げる気か、リュウ!!」
スイバが珍しく声を荒げて言う。
「逃げる?心外だな。これは撤退と言うのだよ。それに、助かるのはお前達の方じゃないのか?」
確かに、リュウを倒してもスイバ達には何も得る物が無い。
更に奴の残りの3匹のポケモン、それを倒すには相当な労力を要する。
これ以上の戦いは新たな犠牲を増やすだけだ。
「案ずるな。どうせお前と私はまた戦う事になる。次回はもっと神聖な場所で、当然1対1でだ。」
それはリュウがマグマ団に与する限り避けられない運命。再戦の時は意外と近いのかもしれない。
それだけ言い残すとリュウは空の彼方へと消えて行った。

「それにしても厄介な奴が関わってきやがったな。」
ようやく緊張状態を解くことの出来たコウはひとまずその場に座り込む。
「でももうカラクリは分かっている。次は負けない。」
スイバが力強く答える。
「ああ、頼む。」

スイバは「力」に屈したりは絶対しない。
それが強く感じられた。(第4章・終)



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