第3章「警鐘」
「行けぇぇっ、雷パンチィィィ!!」
エレブーが拳に電撃を纏わせ、突っ込んでくる。
だがその攻撃は右手で軽々と受け止められてしまう。
「甘いな。その程度ではこの俺のボスゴドラには傷一つ付けることが出来ないぜ。決めろ、メタルクロー!!」
ボスゴドラは左手でエレブーの頭を掴むとそのまま力任せに持ち上げる。
エレブーは必死にもがいて足をばたつかせているがこの体勢からはどうしようも出来ない。
そして右手でエレブーにトドメを刺す。簡単に決着がついてしまった。
「ブラック殿、ボスゴドラはすっかり回復したようですな。
それにしてもサイゾー、いくら相手がブラック殿とはいえせめて1分半はもたせるべきであろう?情けないぞ。」
「む、無理ですよ、師範代」
サイゾーがアベルに泣きつく。
「あはは、コイツにそんな事出来るわけないじゃない。」
ミナがサイゾーを馬鹿にした態度で笑っている。
「そこまで言うなら、次はお主が戦ってみるか、ミナ?」
「い、いえ、遠慮させていただきます…」
現在、ブラックはアベルの道場でボスゴドラのリハビリを兼ねて戦闘をしている。
ミナとサイゾーはアベルの弟子であり、第4部隊の部下でもある。
「さてブラック殿、この前仰った通り果たし合おうぞ。」
アベルは刀の鞘にはめ込まれているモンスターボールを外して構える。
「そうだったな…手は抜くなよ。」
ブラックもボールを構える。
そして2人はほぼ同時にボールを投げた。その瞬間に2匹は互いに立ち向かう。
キィィィンッ!!
空中で2匹の攻撃が空中で激しくぶつかり合う。
「アベル、また腕を上げたな。」
「そう言うブラック殿は技の切れが鈍ってはござらぬか?」
今、ブラックが使っているのはハッサムだ。それに対しアベルはストライクを使っている。
2匹の実力はほぼ互角。つまり勝敗はトレーナーの腕にかかっている。
「秘技・連続斬り!!」
ストライクの右手の刃が閃きハッサムを襲う。
ハッサムはそれをギリギリの所でかわすが、その時にはストライクがもう二撃目の動作に入っていた。
「ち、避けられないか。ハッサム、鉄壁!!」
ハッサムは自らの鋼の体を更に硬化させ刃を左腕で受ける。
ダメージを完全に防げるわけでは無いが、だいぶ軽減した。
「(※1)硬気功でござるか。拙者の攻撃をあそこまで受けきられるとは思いもよらなかったですぞ。」
「強化こそが最強だという事を教えてやる。ハッサム、高速移動!!」
ハッサムは更にスピードを上げた。
「ねえ、賭けしない?あの二人、どっちが勝つかで。」
それまで大人しく戦いを観賞していたミナがサイゾーに聞いた。
「そんなのアベル師範代に決まっているだろう。3000円賭けてやるよ。」
自信満々にサイゾーが答える。
「じゃあアタシはブラックさんに賭けようかな。
師匠を信じていないわけじゃないけど、ブラックさんには能力もあるし。」
話している間にも戦闘は続く。
2匹の速さは既に常人の目で追えるようなレベルでは無かった。
緑の線と赤い線が空中で交錯する、戦闘というより芸術のような光景。
ただ、その線が交わる度に聞こえる激突音だけがこれを戦闘だと認識させてくれる。
「やるなアベル、だがここまでだ。ハッサム、影分身!!」
赤い線が6本に増えたかと思うとそれが全て緑の線の先端に向かって進んで行く。だがアベルは動じなかった。
「奥義っ、燕返し!!」
ストライクの刃が閃き、全ての残像ごとハッサムをなぎ払おうとする。
これなら分身だろうと本体だろうと関係がない。
「メタルクローッ!!」
予想外の攻撃にブラックもとっさにハッサムへと命令を出す。
ガッガガガ!!
ハッサムの銀色に輝いた右のハサミがストライクの刃とぶつかり合う。
技と技がせめぎ合い激しく火花を散らす。その数瞬後、2匹ははじかれ地面に戻った。
そして戦いは一転して動から静の状態となる。
互いを見つめながら出方をうかがう。少しでも隙を見せた方が負ける。
「決めろ、ハッサム。メタルクローッ!!」
「何の、燕返しっ!!」
勝負は一瞬だった。
ほぼ同時に2匹は飛び上がり、すれ違う。その瞬間に勝敗は決した。
「ガハッ!!」
先に膝を折ったのはハッサムの方だ。
バタッ!!
しかし、次の瞬間、倒れたのはストライクの方だった。
「拙者の負けでござるな。」
アベルは負けを認めた。
「どうやらさっきの鉄壁が勝敗の分かれ目だったようだ。
あれが無きゃ俺のハッサムの方が倒れていたかもしれない。」
結局最後にものを言ったのは防御力だったというわけだ。
「そ、そんな…、師範代が負けるなんて……」
「じゃあサイゾー、3000円頂戴ね。」
ブラックが勝ったため、この二人の賭けはミナの勝ちとなる。
「君達、賭事は御法度だよ。」
スイバがサイゾー達の後ろに立っていた。
「スイバさん、いつの間に…」
ミナが驚いている。
「アベルが最初に燕返しを使った辺りからかな。」
それにしてはサイゾーとミナは気配をほとんど感じなかった。流石はスイバと言ったところか。
「スイバ殿、今の戦いはどう思いになりました?」
「まあ模擬戦としてはなかなか良かったよ。今度は誰か僕の相手もして欲しいな。」
周りのみんなが一斉に引く音がスーっと聞こえた。
「…もうスイバとは絶対戦いたくねー。」
ブラックは疲弊しきっている。
始めから予想していた事だが、ブラックのボスゴドラはスイバのランターンに動けなくされた後、ひたすら攻撃を受け続けた。
ブラックもやられるのをただ黙って見ていたわけが無く、鉄壁などを使ってランターンの攻撃を防ぎ続けた。
結果、いつもの通り戦闘は30分以上もかかってしまった挙げ句、スイバが勝ったのだ。
長期戦に慣れていないブラックは精神的に途中でへばってしまった。
対するスイバは余裕の表情。彼は日頃からこういう戦いに慣れている。
「…よくスイバ殿はあんな戦い方が出来ますな。」
もちろん皮肉で言っている。
顔には出さないがアベルは二人の戦いを見て先ほどからイライラしまくっているようだ。
お互いに決まり手がない、あそこまで締まらない戦いも珍しい。
「師範代に勝ったブラックさんにスイバさんが勝った…という事はスイバさんが一番強いのか?」
サイゾーが思案した。
「一概にそうとは言えないんだ。
例えば今日は僕がブラックに勝ったけど、今対戦成績は7勝5敗1分けだから負ける時も結構あるんだ。」
「でも本っ当によくこんな強い人ばっかり集まったわよね。未だに実力が信じらんないわ。」
ミナが感心しながら言った。
ミナはこのオルドビスに入るまで、アベルと彼の父以上の実力の人間を見た事が無かった。
「まあ流石はホウエンの企業連が総力を揚げて作っただけの事はあるな。
…そう言えばアベルは何でこのオルドビスに入ったんだ?」
「拙者の祖父上が生前、ツワブキ社長と深い交流がありましてな。
本来は現師範の父上が入る予定でござったのだが、何分忙しい身の上なもので。そんなこんなで拙者が入る事になったのでござるよ。」
奇妖剣流は門下生500人を抱えるそこそこ大きな流派だ。まさか門下生全員を入隊させるわけにもいかない。
「そういうブラック殿こそ何故お入りに?」
「それを話すと長くなるんだが…まあいいか。」
と、ブラックは懐かしむように語り出す。
「あれは……」
それは今から2年前の事だ。
当時ブラックはサイユウでのポケモンリーグがベスト4に終わり、実家のあるカナズミシティに戻っていた。
「あー暇だ。」
次の大会まで後1年近くあるため、やる事がしばらく無い。
参加資格用のジムバッチ8つなど1ヶ月有れば集まってしまうし、
そもそもカナズミポケモンアカデミーの卒業生であるブラックはバッチが2つ分も優遇されている。
「図書館で本でも借りて読むか。」
普段は本などにあまり興味の無いブラックであったが、この時は急にそんな事がやりたくなった。
ブラックの実家はカナズミ南側郊外の住宅街にある。
図書館までは中央の大通りを通ってだいたい7、8分で着くはずだ。
「おい、広場が凄い事になってるってよ。」
図書館へ向かう途中、何やらそんな声が聞こえた。別に興味は無かったが、少し覗いてみる事にした。
それは一方的な試合だった。
ノクタスが相手のハスブレロを殴り、弾き、突き刺す。
「う、うわあぁぁぁ!!」
ハスブレロを使っているのはブラックも一度戦った事のある地元のトレーナーだ。
決して弱いわけでは無かった。ただ、ノクタスが強すぎる。
ノクタスはあっさりとハスブレロを倒し、そのノクタスのトレーナーは勝利の雄叫びをあげる。
「弱いっ、弱すぎるっ!!もっとオレを満足させられるような強いトレーナーはいないのかっ!!」
それはまるで血に飢えた野獣の叫びのようだ。睨まれたギャラリーが後ずさる。
辺り構わず眼を飛ばすそいつとブラックは目が合ってしまった。
「お、ブラックさんだ。」
ギャラリーのうち何人かがブラックの存在に気づいた。ブラックはここではちょっとした有名人である。
「もしかしてブラックさんなら……」
そんな声も聞こえる。こいつをブラックに倒してもらいたいようだ。
「おい、そこの小さいの。」
その大男が言った。
どうやらブラックの事を言っているらしい。
「周りの反応を見るに、お前が一番出来るようだな。オレと勝負しろ!!」
さて、困った事になってしまった。
実は今ブラックはポケモンを1匹も持っていないのだ。
この地元でブラックの実力を知らない奴はいない。だから勝負を申し込まれる事もないだろうと思っていた。
ところが、どうやらこいつは別の街から来たらしくブラックの事を知らないようだ。
で、今ブラックが出来る行動は一つしかない。
ブラックは素早く回れ右をして走り出した。
「ま、待ちやがれ!!」
とにかく全力で逃げるのだ。
その男が追って来る。そこでブラックはわき道へと入った。
こっちは地元の人間だ。地の利はブラックにある。
最初の角を右に、そして次の角も右へ。
その先は一見行き止まりのように見えるが塀に穴があいていてそこから向こうに抜けられる。
更にその先は5嵯路になっていて、それ以上はよほどこの辺の道に詳しくないと絶対に迷う迷路のような道が続く。
住宅街を抜けて、もうその男が追って来ていないことに気づいた。完全に捲けたようだ。
ブラックは再び図書館へと歩いて行く事にした。
今度は厄介事に巻き込まれないように、裏通りを歩いて行く。
すると、ブラックは地図を片手にうろうろしている少年を見つけた。
「またかよ……」
とりあえずなるべくその少年とは目を合わせ無いようにして軽く無視する。
話しかけるとどうせろくな事にならないだろう。
しかし、ブラックの読みは甘かった。
「すみません、道を聞いてもよろしいでしょうか?」
話しかけられてしまった。こうなったらもう無視するわけには行かない。
「…どこに行きたいんだ?」
その少年は地図を見せながら、
「えーと、このカナズミ市立図書館なんですけど。」
なんたる偶然。
と、言っても目的地はもう目と鼻の先である。大方、道を一本間違えてしまっただけであろう。
「ちょうど良かった。俺も行こうとしていた所だったんだ。」
というわけで図書館まで一緒に行く事となった。
図書館が目前に迫ってきた時、その少年は口を開いた。
「そういえば、自己紹介がまだだったね。僕の名はスイバだ。」
スイバ……ここら辺ではあまり聞かない名だ。
「そうか。俺の名はブラックだ。自分で言うのも何だが、このカナズミじゃ結構有名なんだぜ。」
図書館に入ってもそのまま会話は続いた。
スイバはジョウト地方の出身で、各地の歴史なんかを調べながら旅をしているのだそうだ。
ついでなのでブラックもスイバの探している歴史書を探すことにする。
ブラックはもともと明確な目的があってここに来たわけでは無い。
たまにはそういう本でも読んでみるのも悪くないと思った。
「『よく分かるホウエン史』『ホウエン名跡集』……まあここら辺が妥当か。」
目についた本を適当にスイバに渡す。
しかしこうして見るとホウエンに長い間住んでいても意外と分かっていない事がよく分かる。
「あれ、この本は?」
スイバが手にとったそれは白い表紙の分厚いハードカバーの本だった。
「なになに『Legend of God』?直訳すると神の伝説って所か。
それにしてもこんな全編英語の原本みたいなやつ、選んだ覚えは無いんだがな。」
ブラックもスイバも英語はかなり苦手だったが、最近の図書館にはどこも高性能なコンピューターが置いてあり、
その中の翻訳プログラムを使えばある程度の解読は可能だ。
それによると、本の内容はこの地方に伝わる(※2)神話のようだ。
ブラックも小さい頃に祖父などから聞かされた記憶がある。
「なかなか興味深い内容だね。出来れば翻訳版で読みたいけど。」
興味津々なスイバに対しブラックは、
「所詮は物語だろ?腐る程聞かされてきた話さ。」
ハナから信じていないようだ。ホウエンの人なら一度は聞いた事のある話。
「じゃあ何でこの本がこんなに分厚いのか、ブラックには分かるのかい?」
確かに、この本はただの伝承にしては異様に厚い。
よく読むととてつもなく細かく事実が載っているようなのだ。
「まあそんなに気になるなら借りればいいだけの話だろ。貸出カードはそこのカウンターの……」
「ド、ドロボーっ!!」
二人の会話を遮るように外から悲鳴が聞こえた。
スイバはすぐにそこに行こうとする。
「おい、本はどうする?」
「そんなの後回しだ。困っている人を放ってはおけないよ。」
「同感。」
急いで外に出てみると道の真ん中に白衣の男がへたり込んでいる。
「何があったんですか?」
スイバの質問に
「ボ、ボールが……」
話を要約すると、彼はそこのデボンの研究所から新型ボールの試作品を本社まで持っていこうとした所、
突然現れた青バンダナの男にハブネークの尾を突きつけられた。
すぐさま手持ちのカクレオンで反撃するもその男はなかなか強くあっさり撃退され、
ボールをトランクケースごと奪われてしまったらしい。
「ったく、今日はどんな厄日だよ。面倒事がこう次々と……」
「何か言った、ブラック?」
「いや、何でも無い。」
とりあえず今から追いかければまだ追いつける。相手は重いトランクケースを持ったままのはずだからだ。
見間違え無いように研究員も同行する。
だが、追いかけている途中、大きな問題が発覚した。
「なあ、ブラックはトレーナーとしてはどの程度なんだ?」
突然スイバが話を切り出した。
「この間のサイユウ大会でベスト4。そういうスイバは?」
「しばらく大会には出ていないんだよね…
まあここに来てから腕試しにやったバトルタワーでは35連勝しているけど…」
「けど?一体どこに問題が?」
35連勝していれば戦力的には十分だ。
後になって分かる事だが、スイバはブラックよりも強い。
「僕は実は今ポケモンを1匹も持って無いんだ。というわけでブラック、ポケモン貸してくれない?」
「なっ、何ですとぉー!!」
ブラックは思わず叫んでしまった。
「その反応…まさかブラックも?」
「すまん…」
「だとすると、後は…」
スイバは研究員の方を見る。
なんたる事であろうか!!
これだけのトレーナーがいるのに、戦力になりそうなのは研究員のカクレオン1匹だけなのだ。
「あのー、君達本当にポケモントレーナーなんだよね?」
その研究員がブラック達に問いただす。
「もちろんそのつもりだ。」
ブラックは堂々と答えた。
「でもね、このカクレオン、ダメージを相当受けている上に毒状態にまでなっちゃっているんだよ?」
力の差とダメージだけならブラックにはどうにか出来る自信があったが、流石に毒まではどうにも出来ない。
毒状態は時間と共にポケモンの体力を奪っていく。
つまり、時間さえもが敵となるのだ。
「何だか自信がなくなってきた…」
ブラックはまずは冷静に考えてみることにする。
いや、考えなくても分かる事だがまず間違いなくその男に追いつく前にカクレオンの方が先に力尽きてしまう。
「ちょっとそのカクレオンを診せてもらえませんか?」
悩むブラックをよそにスイバはそのカクレオンの入ったボールを手にとる。
「一体何をする気だ?」
ブラックが見たところスイバは回復用の道具を持っているようには見えない。
「まあ見ていなよ。珍しいものが見れるから。」
そう言うと、スイバはボールを強く握り締める。すると、ボールが淡く白い光を発したではないか。
「なっ……」
流石のブラックも驚きの表情を隠せないでいる。
「はい、後はどうにかしなよ。」
どうやらこれだけでカクレオンの毒は治ってしまったらしい。
そしてスイバはそのボールをブラックに渡した。
「いたぞ、あいつだ!!」
研究員が前を走る青バンダナの男を指差す。
「ちっ」
観念したのか、その男はこちらに振り返ってボールを握った。
それにしても目立つ格好だ。
頭に青いバンダナ、碇をアレンジしたマークのシャツの上にベストを着て、指ぬきの手袋を着用している。
泥棒をするならもっと目立たない格好の方がいいに決まっている。
先ほどの話通りその男はハブネークを繰り出した。牙の艶からなかなか良く育てられているのが分かる。
「キシャーッ!!」
舌を出し入れしながらこちらを睨み、そして這って来る。
ブラックもカクレオンの入ったボールを構えた。
しかしいくら状態異常が治ったとは言え、ダメージはまだ残っている上に力の差も圧倒的だ。
「珍しい物見せて貰った礼だ。俺もサービスしてやる、よく見てろ、スイバ。」
と、ブラックは握っているボールに力を送る。すると今度はボールが強く赤く光る。
「まさか……」
「そ。俺も能力者なのさ。」
言いながらブラックはボールを放り投げる。そして中から出たカクレオンとハブネークは対峙した。
「ハブネーク、ポイズンテール!!」
先に仕掛けてきたのは相手の方からだった。
ハブネークはどこからが胴体でどこからが尾か分からないような尾を振り回す。
「カクレオン、構わず直進しろ!!」
ハブネークの尾で毒があるのは先端の尖った部分だけだ。
よって逆にそれよりも前に踏み込んでしまえば、少なくとも技が当たっても毒にはならない。
カクレオンは走って、ハブネークとほぼ零距離にまで接近した。
ハブネークの尾が空を切る。踏み込みはほぼ完璧だ。
「カクレオン、口を塞げ!巻きつく!!」
カクレオンはその長い舌をハブネークの頭部に巻きつける。
ハブネークはその体格上、近接距離での攻撃は口又は長い胴を使用した物に限られる。
つまり、この距離で口を封じてしまえば、心置きなく戦えるのだ。
そして、どんなに噛む力が強いポケモンでも、口を開こうとする力はそれと比べ圧倒的に弱い。
それでも普段のハブネークならカクレオン程度なら振り切れたかもしれないが、
今のカクレオンはブラックの能力によって格段に攻撃力が増しており、振り切れない。
「ハブネーク、ポイズンテールで舌を切れ!!」
確かに、相手にはそれしか手は残っていない。だが、ブラックにとってはそれも計算の内だ。
「カクレオン、締め付けろ。」
カクレオンが舌に力を入れる。ハブネークは全身に力が入らずもはや技を発動させる事も出来ない。
頭部を圧迫され最初はじたばたしていたが、やがてぐったりと動かなくなった。
「どうする?このままこいつの頭骨を砕いても良いんだぜ?」
勿論、そんな事をすればこのハブネークは死ぬだろう。
今のカクレオンにはマトマの実を握り潰すのと同じ程度の要領でハブネークの頭を潰せる位の力がある。
「まあそのトランクケースを返してくれるなら話は別だがな。
俺は気が短いからな、さっさとやらないとクシャッといっちまうぜ。」
ブラックが凄みを効かせて言う。もはやどっちが悪か分からないような台詞だ。
その男にはブラックがまるで悪魔のように見えた。
圧倒的な力の差、決して抗えない壁、それを自覚した時に人は大抵2種類の行動をとる。
一つはそれでもまだ立ち向かおうとする無謀な人間。そしてもう一つは……
「ひ、ひぃぃぃ!!」
その壁から逃げ出そうとする人間。この男はどうやら後者だったようだ。
何もかも投げ捨てて必死に走って逃げようとするが、その先にはスイバと研究員が立ちはだかってその男の道を塞いだ。
「自分のポケモンを放って逃げるのは、二流のトレーナーの証拠だよ。」
スイバの一言に遂に観念したのか、その男はその場にへたり込んでしまった。
連絡するとすぐに巡査さん達がやってきてその男を逮捕して行った。
「ありがとうございます。本当になんとお礼を申して良いやら。」
研究員がブラックとスイバに対し何度も頭を下げる。
「別に構わないさ。それにスイバがいなけりゃ俺は何にも役に立たなかっただろうし。」
「そうかな?僕はただ困っている人を放って置けなかっただけだよ。」
スイバはまあまんざらでもないようだが。
「後でお礼は必ずしますので、本当にありがとうございました。」
そう言って研究員は去って行った。
青バンダナの男を追っかけて随分と町外れまで来てしまった。
とりあえず今はもとの中心街へと戻ることにする。
「それにしても、僕以外に能力を持っている人を見たのは久しぶりだな。」
「久しぶりって事はスイバは誰か他にも能力者を知っているのか?」
実はブラックはさっきまで自分以外の能力者に全く会った事が無かった。
「もう4年も前になるけど……いや、やっぱり止めておこう。」
話かけてやめたということは何か思い出したくない事情でもあるのだろう。
ブラックもそれ以上は詮索をしないでおく事にした。
「さて、これから俺はポケモンセンターに行くわけだが、スイバはどうする?」
「いや、僕は図書館に戻ろうかと思っているんだ。」
さっき本を借りれなかったからのようだ。
「そうか。じゃあ俺も用がすんだらそっちに行く。」
ポケセンと図書館はこの通りの丁度反対側どうしになるような位置にある。
なのでここでスイバとは一旦別れる事にした。
「ったく、今日ほどこいつらを連れて行かなかった事を後悔した日は無いぜ。」
ポケセンセンターのパソコンで手持ちポケモンを引き出しながらブラックは独り言を呟いた。
変な男に追いかけまわされたかと思ったら、今度は泥棒を追っかける事になった。
そしてどちらの場合も自分のポケモンを持って行かなかった事が苦労を増大させている。
「最初から持って行っていればあんな奴ら簡単に……」
「ほう、ならばオレを倒してみな。」
ブラックの後ろから急に声が聞こえた。
ブラックが驚いて振り向くと、そこには一人の男が立っている。
「お前は…」
「やっと見つけたぞ。今度は逃がさん。」
最初に追いかけてきた野獣のような大男。どうやらあれからずっとブラックを探しまわっていたようだ。
「今はもう逃げる気は無いさ。」
「そうか…ならば尋常に勝負!!」
どうやらこいつの頭には戦う事しか無いらしい。
「ま、いいか。しかし俺と戦った事を後で後悔するなよ。」
日が傾きかけている中、町の中央広場で二人のトレーナーが対峙していた。
「対決方式は一対一の一発勝負だ。つまり先に倒れた方の負けだ。」
その男のやり方にブラックも合わせる事にする。
「分かった。ならとっとと始めよう。」
二人の間の空気が張り詰める。戦いを前にしたトレーナー特有の殺気。
「出てこい、コドラ!!」
「殺れ、ノクタス!!」
モンスターボールを投げた瞬間から戦いは始まる。
ブラックの使用ポケモンはコドラ。4足歩行の怪獣型鋼ポケモンで高い防御力を有する。
一方、相手はノクタスを使っている。人型に近いシルエットを持ち、速さは無いがパワーのあるポケモンだ。
「コドラ、メタルクロー!!」
先に仕掛けたのはブラックの方だ。
初動からいきなり全力で飛びかかり、ノクタスとの距離を詰める。
「ノクタス、ニードルアーム!!」
コドラの爪とノクタスの拳が空中でぶつかり合う。
お互いに一歩も引かない。二人にはその衝撃がひしひしと伝わってくる。
「この感じがまたたまんないな。だから戦いってのは止められねえんだ。」
相手が言った。ブラックにもその感覚は分からないでも無いが、今はそれどころでは無い。
「この男……口先だけの奴じゃないな。」
ポケモンの鍛えられ方も並の比では無い。
態度には出さないが恐らく裏では血のにじむような努力をしているのであろう。
コドラとノクタスの一進一退の攻防が続く。
戦闘が開始されてからお互いに十回は攻撃をしているのにまだまともに当たった技は皆無だ。
そしてその戦いのあまりの激しさからか、いつの間にか周りには人だかりができていた。
ガッ!!
これで何度目であろうか、ノクタスとコドラは弾きあった。
「少し周りが騒がしくなってきたな。ここらで少し本気を出すか。ノクタス、砂嵐だ。」
ノクタスがその場で回転を始めた。
こういう屋外の対戦上は地面が土なので風を起こしたりするとその砂が巻き上げられ易い。
「だがコドラには効かないぞ?」
砂嵐は地面、岩、鋼ポケモンにはダメージを与えることは出来ない。
手持ちポケモンが全て鋼タイプのブラックには屁にも感じ無い。
そして、ノクタスは草タイプでも砂嵐を受けない数少ないポケモンである。
「バカめ、誰がダメージを与える為に砂嵐を発動させたと言った。よく周りを見ろ。」
「周りったって……」
舞い降る砂に邪魔されて何も見えない。
見えない?
そこでブラックは気づいた。この砂嵐はブラックとコドラの視界を遮る為に使っている。
現にブラックは既にノクタスの位置を見失っている。
「ミサイル針!!」
相手の声だけが聞こえる。そして次の瞬間、コドラの後方から無数の針が飛んできた。
「くっ、鉄壁だ。」
これだけの数を避けるのは至難の技だ。ブラックは仕方なく受けきる事にした。
コドラの鋼の装甲が針を全て弾く。
その後ブラックはすぐさまその撃ってきた方向にコドラを向かわせるもそこにはもうノクタスの姿は無い。
「ミサイル針!!」
再び後ろからの攻撃。そしてノクタスは姿をくらます。
一発一発は微々たるダメージ量だがこのまま受け続けるのは非常にまずい。
敵は砂隠れの特性を利用し攻撃時以外は決して姿を現さない。
カンカンカン!!
針がコドラにヒットする。今度は右側からだ。
このままでは埒があかない。
「まずは落ち着け……反撃のチャンスは確実に来る…」
敵の攻撃を見極める事がまずは重要となる。
「視界に頼ろうとするからダメなんだ。こういう時は目で追わずに感じろ…」
ブラックは目を閉じて空気の流れを感じる事にした。
砂が吹き荒れる音の中に微かに聞こえる何かの活動音。
恐ろしく僅かな気配だが確実にそこにノクタスはいる。コドラの正面約5〜6mといった所か。
その気配が移動を開始する。コドラの左に回り込もうとしている動きだ。
コドラを攻撃するのに最適な位置をとる為だろう。このまま確実に攻撃が来る。
そのタイミングさえつかめばもうこちらのものだ。
「ノクタス、ミサイル針!!」
「コドラ、左にアイアンテールだ。」
ブラックは相手の攻撃に即座に反応した。だがもちろんこの距離ではコドラの技が当たるはずは無い。
この技には別の狙いがある。コドラめがけて飛来する無数の針。
これを全てアイアンテールで弾く。
しかもただ単に弾くのではなくそれをノクタスに向かって打ち返す、いわゆるピッチャー強襲打球のような感じだ。
ドスッ!!
ブラックは確かな手応えを感じた。
砂嵐が収まって徐々に視界が広がる。
現れたノクタスは自らの針が刺さり左腕から緑色の液体が流れ出ている。
「貴様っ!!許さんっ!!許さんぞぉおお!!」
何だか相手のキレ方が普通じゃない。目を見開き、額に青筋を立て、顔を真っ赤にして怒っている。
そしてそれはポケモンにも影響していた。
「グヌオォォォ!!」
なんとも形容し難い鳴き声を発しながらノクタスが突っ込んでくる。
速い。みるみるうちにコドラとの距離が縮まっていく。
「ぬぁぁあ!!ニィィドォルアァァム!!」
ノクタスの拳のトゲが煌めき、大振りのモーションから必殺の一撃がコドラに迫る。
「コドラ、メタルクローだ!!」
輝く鋼鉄の爪がノクタスの拳と重なる。だが…
「何っ!?」
先ほどまで互角だったはずの攻撃でコドラが大きく吹っ飛ばされた。
技の威力がさっきとは大違いだ。
ブラックもトレーナーの心のあり方でポケモンの力が変わるといった話はよく耳にするが、これはもうそういう次元では無い。
ブラックがまず最初に考えたのはプラスパワーなどの薬の使用の可能性。
だがダメージを受けてから砂嵐が晴れるまでの僅かな時間でそれを行ったとは思えない。
続いて考えられるのはチイラの実などの木の実類を所持していた可能性。
だが素早さと特攻を両方同時に上げる効果の木の実は存在しない。
「ニィィドォルアァァム!!」
もう一度こちらに突っ込んできた。
「コドラ、右に跳べ!!」
紙一重でどうにかかわす。
ドカッ!!
まるで大砲が着弾したかのように地面がえぐられている。
ノクタスの技のあまりの威力を見て、見ていたギャラリーも巻き添えをくらわないように後ろに下がった。
「うぉぉぉお!!!」
相手がまたノクタスでコドラを攻撃させようとする。
さっきの砂嵐を利用した緻密な戦闘方法とは全く対局の突撃策。
しかし、それは当然の事ながら非常に攻撃が読まれ易い。
「左に半歩、そこでアイアンテール!!」
ノクタスのニードルアームをかわして旋回、そしてとどめの一撃…
と、いきたい所だったが、先ほどの攻撃の影響か、踏み込んだ瞬間に足場が崩れて完全には当たらなかった。
「ガハッ!!」
ノクタスがのけぞる。何だか打たれ弱くなっている気がする。
しかしその瞬間、ブラックは信じられない光景を見た。なんとノクタスがオレンジ色に一瞬光ったのだ。
「殺せ殺せ殺せえぇぇっ!!ミイィサィルゥゥ針ッッ!!」
ノクタスの針が高速で飛来する。今度は打ち返せそうに無い。
「コドラ、リフレクター!!」
ガガガガ!!!
障壁で威力を半減させたにもかかわらず先ほどよりもダメージが大きい。
「この力、やはり……」
ブラックは確信した。間違いなくこれは相手トレーナーの能力による力だ。
恐らくはダメージを受ける度にポケモンを凶暴化させる力。
それはスピードと技の威力を増大させる代わりに防御力を低下させるのだ。
厄介な力である。つまり奴を倒すには一撃で確実に葬らねばならない。
どちらにしてもブラックにはもう選択の余地が無かった。
コドラのダメージ蓄積が激しく次に攻撃を受ければブラックは負ける。
もうこうなったらブラックも能力を発動させる他無い。
「コドラ、こっちに来い。」
ブラックの能力は対象のポケモンに触れていないと発動しない。
普通のトレーナーなら相手のトレーナーを巻き込むような攻撃はしないだろうが、今の奴はもう何も見えていない。
トレーナーなどお構いなしに攻撃するだろう。
それでも危険を承知でブラックはコドラに近づく。
「ミサイル針ィッ!!」
やはり攻撃してきた。針がブラックの足元に着弾する。
「コドラ、鉄壁とリフレクターで何とか防ぎきれ!!」
あと3m。ブラックがたどり着くまで持ちこたえてくれればそれで良い。
ガガガガッ、ガガガガッ!!
コドラが連射される針を全て受け止める。
「よしっ、いける。」
ブラックはコドラの尾に触れて力を送った。コドラの体が一瞬赤く光り、コドラの攻撃力は最大に達する。
ノクタスが接近してくる。もう一度ニードルアームを使う気だ。
「コドラ、メタルクローだ!!」
再び重なる拳。だが今度はコドラがノクタスを押し返す番だった。
吹っ飛ぶノクタス。そして距離が開く。
得意技を返された相手は半ばやけになっていた。
「ぬあぁぁ!!ノォォクタァァス!!ソォォォラァビィィィムッ!!」
自身の最強の技で一気に決着を付ける気だ。ノクタスが光を吸収してビームのエネルギーを溜める。
ソーラービームはこのチャージ時間の隙が大きく、この間に相手を倒すのが一般的な攻略法と言われているが、
ブラックにはそうする気はさらさら無い。
正面から撃ち合って勝つ。その事以外もはや頭に無かった。
ノクタスが光の吸収を止める。エネルギーが溜まった証拠だ。相手と同時にブラックも攻撃命令を出す。
「発射ァー!!」
「コドラ、破壊光線っ!!」
ノクタスとコドラは互いに最強の攻撃を出しあった。
ノクタスのソーラービームは光子によって全てを貫通する技。
コドラの破壊光線はエネルギーの塊を放出し、物体を破砕する技。
タイプ補正で技としての威力はソーラービームの方が上だが、ポケモンの攻撃力はコドラの方が上である。
後の結果はもう神にしか分からない。
カッ!!!!!!!!!
凄まじい閃光、それに続く爆発。二つの力がぶつかって力が暴走したのだ。
木々はなぎ払われ、大地に穴が穿たれる。
滅びの光、逃れる術はない。
「なっ…」
「ぬぁ?」
そして二人のトレーナーもまたその中へと飲み込まれていった……
「……ここ…は?」
気が付くとブラックは見知らぬ部屋で寝ていた。どうも記憶が曖昧だ。
「あ、やっと目が覚めたのね。」
よく知っている声。だがそれを確認しようとそっちに向こうとしても体が言う事をきかない。
「あ……ね…き?」
一体どういう事だろうか?ブラックは声も出すのがやっとだ。
「まだ動いちゃダメよ。肋骨が数本折れているの。」
その一言でブラックはここが病院だと言う事を理解した。
だが、なんで自分がこんな風になっているのかはまだ思い出せない。確か、広場で戦って…
「そう…だ、あの男…は?」
「そこで寝ているわ。それと何だかブラックの友達だって言う人が来ているけど?」
つまり、あいつも巻き込まれたらしい。
「友…達?」
誰だろうか?ブラックにはあまり友達と呼べるような人はいない。
「やあ、意外と元気そうだね。」
声の主はスイバだった。
ブラックとはまだ知り合って間もないのでまさか来てくれているとは思っていなかった。
ブラックの傷は、頭を3針縫う切り傷と右脇の肋骨を2本骨折、それに打撲が数ヶ所で全治約1ヶ月だそうだ。
最新の医療設備は人間の本来持つ自己治癒力を活性化させて治りを数段早くしてくれるので、
3日も経った頃にはブラックも起き上がれるようになった。
「それにしても、ブラックが入院したって聞いた時には本当に驚いちゃった。」
ブラックの姉のヘキルは入院中、ほぼ毎日来てくれている。
「全く、こんな美しいお姉さんに心配かけさせるとはひどい弟だな。」
忘れてはならない事だが、ブラックと戦ったあの男もここに入院している。しかも同室だ。
彼の名はジュンと言いカントー地方から来たのだそうだ。
ここ数日、こんな調子でブラックが何か言う度に揚げ足をとって、姉を誉めてばかりだ。
ついでに言っておくとジュンは女医さんにも声をかけまくって玉砕している。
入院から2週間が経ち、いよいよ明日で仮退院という時に、初日以後に来ていなかったスイバが意外な客を連れてやってきた。
「君がブラック君だね?」
中年の男性と初老の男性の二人組。
ブラックは中年の方は見知らぬ人であったが、初老の方はどこかで見たような気がしていた。
「ああ、そうだ。」
中年の方からの質問に簡潔に答える。相手が何者か分からない以上、慎重にいかなければならない。
「警戒する必要は無いよ。私の名はヤガミ。まあ親方と呼ばれる事の方が多いかな。
デボンコーポレーションで専務をやっている。君にお礼を言いに来たんだ。」
「デボンから?」
「ああ。ボールを取り返してくれた事に関してね。」
確かにあの日、ブラックとスイバは青バンダナの男に奪われた試作ボールを取り返した。
しかしわざわざ入院している病室まで来る程の事では無い。感謝状の一つでも郵送すれば良いのだから。
まだ何か裏があるのではないだろうか。
「まあ聞きなよ、ブラック。」
ブラックの考えを察したのかスイバが言った。スイバはもう全てを知っているようだ。
「ヤガミ、そろそろ本題に入ったらどうかね?」
後ろの初老の男性が言った。
この人もデボンの関係者なのだろうが専務である親方を敬称略で呼んでいる辺りかなり偉いと推察される。
「さて、まずはあの青バンダナの男についてから話すとするか。」
あの男は一つの宗教団体に所属していた。
最近、このホウエンで二つの新興宗教が広がりを見せている。
一つは陸の神、もう一つは海の神を唯一の神として崇め、互いを敵視している。
彼らの信仰内容は頂点に君臨する神が正反対な事以外は非常に似通っていて、
詰まる所はいつか神が復活して信仰者以外の人間を全て滅ぼし、その後理想郷が完成するというものだ。
典型的な一神教と選民思想だが、他の宗教と違うのは世界が理想郷に近づくと神の覚醒が早まるというもの。
そのため、奴らは現体制の打開の為にテロすら平気で起こす。
厄介な事にホウエンは法律で信教の自由が保証されているので、信仰するだけでは逮捕が出来ないし、法人の解散も出来ない。
「で、そんな話をして俺にどうしろと?」
「君に、彼らに対抗する為の組織に入って欲しい。」
既に両団体は保安庁の巡査さん達では対応出来ない程の大人数になっている。
なので、ホウエンの有力企業は合同で出資して彼らのテロを未然に防ぐ組織を発足させた。
企業側としてはこの活動で都市自治部に名前を売っておきたいという思惑もあるようだ。
そして今、デボンはその組織に入る有力なトレーナーを集めている。
「嫌だ、と言ったら?」
「別のトレーナーを探すだけだよ。君の代わりなんて沢山いるしね。
それにこれを見てもまだ断れるとは思えないな。」
そう言って親方は一枚の紙をブラックに渡した。内容は、
請求書…
みんなが座るベンチ、10000円。
手塩にかけて育てた街路樹7本、40000円。
見る者を癒す噴水1式、250000円。
その他土地整備費等、100000円。
広場が使えない悲しみ、priceless
「こ、これは……」
「そう、君とジュン君の戦いで壊れた広場の設備の請求書だ。
君が組織に入るならデボンが肩代わりしてやっていい。」
計40万円、ジュンと二人で分けても一人20万円だ。
そもそもジュンはあの性格だから踏み倒す可能性が高いので「分けたら」などとは考えない方が良いだろう。
トレーナー協会からの月給の約4倍。どちらにせよブラックにはすぐには用意出来る額では無い。
「まあ入ってやるとするか。だがな、俺だけ請求されるのは不公平だ。
だからジュン、お前も入れ。どうせ話は全部聞いてたんだろ?」
8人の大部屋だが向かいでこれだけ大声で話をしていれば嫌でも聞こえるだろう。
「良いだろう。そいつらなら好きなだけぶっ飛ばしても構わないんだろ?喧嘩上等!!」
ジュンはただ戦いを楽しみたいだけのようだ。
「それにしても、何で俺なんかにそんなにこだわるんだ?」
ブラックは前回の大会は準決勝で敗退している。スカウトするなら1位とか2位の奴にすれば良い。
「私が君を推薦した。」
親方では無く、後ろの初老の男が言った。
「私の息子が以前君と戦ってな。その時にあやつが珍しく君を誉めておったのだよ。」
「その息子とは?」
「ダイゴだよ。ほら、準決勝で戦ったであろう?」
ダイゴ…ブラックにとって出来れば余り聞きたくは無い名だった。
むしろあの試合を思い出したくは無いと言った方が正確だが。
「あやつにも声をかけてあるんだが、返事どころか大会以降連絡すらよこさん。」
結局彼はこれから2年後になってもまだ行方不明のままで、
1年後に行われた大会にも出場せずに前年度優勝者がいない異例の事態になったという。
「まあ、何はともあれこれから頼むよ、ブラック君。」
最後に、親方が締めくくった。
「……ってなわけだ。」
途中で一部端折ったところもあるがサイゾー、ミナ、それにアベルは終始話に聞き入っていた。
「まあなんと言うか、非常にブラック殿らしい話でございましたな。」
と、アベル。
「そういえば、ブラックはもう請求額分は返したのか?」
と、スイバ。
「一応はな。じゃなかったら今頃給料なんて貰ってないって。」
オルドビスで働いていた方が只のトレーナーよりもよっぽど生活が楽だ。
住居は狭いが一応用意されているし、企業からは優先的に新商品を貰える。
月給もトレーナー時代の2倍以上だ。
「まあそれだけ危険も付き纏っているわけだから。」
スイバの意見はもっともだ。オルドビスで戦うという事は普通に戦うよりも危ない。
まず相手が何をするか分からない狂信的な宗教集団である。
「お前らも気をつけろよ。いつ何が起こるかなんて分からないからな。」
「あたしは十分慎重なつもりですけどね。」
結果的に、ブラックの心配はこの後的中する事になる。
しかし、それが降りかかるのはここにいたメンバーでは無かった。
そして、敵はますます強力になっていくのである。(第3章・終)
※1硬気功…「鉄壁」や「硬くなる」など体に流れる「気」の流れを集中させて屈強な体を作る技術の総称。人間でも出来る。
達人はこれでポケモンと生身で戦えるという。
※2序章参照