第2章「任務」
「よおブラック、負けたんだってな。」
朝っぱらから人が気にしている話題をわざと振ってくるような奴はこの組織には一人しかいない。
第3部隊の隊長ジュンだ。
ブラックにとって今その話は最も聞きたくない話だ。
ジュンが他人の傷口にすぐに塩を塗り込みたがる事はブラックも承知のことだが、承知しているからといって我慢ができるわけではない。
「うっせえ、黙っていろ。」
誰しも触れて欲しくない話の一つや二つあるはず。本当に無神経な奴だ。
「オルドビス4強の一角崩れたり、ってか?」
ちなみに4強とはブラック、スイバ、ジュン、アベルのことを指す。
「なら、今ここで戦ってみるか?悪いが俺はお前には負ける気がしないんでな。」
別に負けたからといって実力が落ちたわけじゃない。
現在、ブラックとジュンの対戦成績は8勝7敗2引き分けでほとんど5分。
この二人が喧嘩するのはいつものことで、決着は必ずポケモンバトルでつけている。
「そこまで言うならやってやろうじゃねえか、ええ?」
ジュンが腰のモンスターボールを手に取る。
一触即発とはまさにこんな状況のことを指す言葉だ。
「お二方とも止めぬか!!もう定例報告の時間であるぞ。」
突然別の方向から声がした。そこに立っていたのは、
「アベル!!」
さて、この二人の喧嘩はいつもやりたいようにやらせて自然に終息するのを待つのが周りの人の基本方針となっているのだが、
今は出資元の企業にこの間の煙突山での一件を報告する時間が近いのでアベルが止めに入ったわけである。
もともとこの会議室に集まったのもそれが目的なのだが。
ついでに言うと、この二人の喧嘩はポケモンバトルの勝敗に関わらずジュンがブラックにヘッドロックをかけて終わるのが常だ。
つまり、最後は必ずジュンが勝つことになる。
「ところでブラック殿、貴殿に勝ったというその男、一体何者なので?」
やっぱりアベルも同じ話題を振ってきた。
こいつは昔から空気が読めない奴だ。結局、話が振り出しに戻ってしまった。
「お待たせー。」
そこになんとも良いタイミングでスイバが入ってきた。
「ようやく来たか。」
と、ジュン。
「ごめんごめん。ちょっと差し入れを持ってきたから。」
答えるスイバ。
「貴殿が差し入れを?それは楽しみだ。」
珍しくアベルが食いついている。
「盛り上がっている所を悪いが、そろそろ報告に入らないか?」
忘れてはいけないことだがブラック達はあくまでも報告のためにここに集まったのだ。
「おお、そうであったな。
スイバ殿の差し入れとやらはとりあえずおいておくとして今は会議に専念すべきであるな。」
「そうだ、まだ俺も詳しくは聞いて無かったな。どんな奴なんだ、お前に勝った奴は?」
と、いうことは今までジュンは事の詳細も知らずにブラックに対して弱いだのなんだの言っていた事になる。
もはや呆れてものも言えない。
その事をブラックが問いただすと、
「そんな小さなこと気にするなよ。それよりも、早く会議をはじめたらどうだ?」
と開き直ってきた。このまま言い争いを続けても時間の無駄なので、怒りを押さえつつブラックは話を始めた。
「奴と最初に会ったのは、フレンドリィショップでだった……」
「……そしてその男はガイと名乗って去って行った。」
ブラックは今回の任務で何があったのかを話した。
「ガイってまさかあのガイか?」
そう聞いてきたのはスイバだった。
「あのって何か知っているのか?」
「ああ、カントー、ジョウト出身なら知らない奴はいない位有名な人物だよ。」
スイバの話によると、ガイは5年前のポケモンリーグセキエイ大会において圧倒的な強さで優勝した凄腕のトレーナーだそうだ。
相手に1匹も瀕死にさせられる事なく勝ち続け、結局決勝でもまともなダメージを受けなかったらしい。
「僕自身が直接見たわけではないんだけどな。」
と、最後に付け足して。
「だがしかし一つ疑問が残りますな。何故今頃そのガイとやらがこのホウエンに来たのか、ということについての。
ブラック殿はどう思っていらっしゃるので?」
それが一番の問題だ。
何せ目的がわからない以上、動機が分かるはずもない。
「そこが悩み所でな。ただ、観光に来ただけという線も捨てきれない。」
フエン煎餅も買っていたし。
「流石にそれはないんじゃない?」
と、スイバ。
「まあ奴の事はコウが集めてくれる情報を待ってからでも遅くはないか。」
焦っても仕方がない。これがブラックの出した結論だ。
「ところでブラック殿、さっきからやけに室内が静かではないか?」
ブラックも確かに何か物足りない感じがしていた。
これまでの会話をもう一度振り返ってみると…
「あ、ジュンが一度も発言してない。」
見ると彼は普段では有り得ないほど険しい表情で何かをずっと考えている。
会議中であろうとなんであろうと、とにかくわめき散らすのがこいつの仕事なのではないかと思う位の奴なのに。
これは明日の積雪確率を本気で確認しておこうかと一同が思った時、ジュンはようやく口を開いた。
「実はな…俺はガイの戦いを見たことがあるんだ。」
ジュンはカントーの出身なのでまあ見ていたとしても不思議では無い。
しかし、一体何故今のジュンはこうもそわそわしているのだろうか。
「で、どんな感じだった?」
スイバが聞き返す。
なるべく気を使わせないようにしているんだろうがどことなく不自然なのがバレバレだ。
「5年前、俺はその大会に出場していた。」
カントーの8つのジムバッチを手に入れたジュンはセキエイへと赴き、大会にエントリーした。
順調に予選を勝ち進んだジュンであったが、
決勝トーナメントの初戦でその後はカントーの四天王になっている氷使いのカンナと戦い、敗退したのだ。
「あの戦いは相性が悪かったな。腕前は完全に俺の方が上だったんだが。」
懐かしそうに遠い目をする。
「お前の話はどうでもいい。とっとと話を進めろ。」
言わなきゃいいのに口を挟むブラック。席を立つジュン。
「今言おうと思っていたんだよ!!いちいち口出しすんじゃねえ。」
また喧嘩…になりそうな所でスイバとアベルが止める。
「まあ落ち着きたまえ。で、どうなった?」
ジュンは我に帰り再び着席した。
「当然ながら、決勝はカンナとガイとの戦いになった。」
ジュンは今でもその戦いを思い出して鳥肌が立つという。
ガイはやはりこの間と同じようにハクリューのみのパーティを使っていた。
対するカンナは氷タイプ。結果は試合前から見えていたようなものだ。
しかし、ガイは始めから敵の攻撃を避けることのみに専念し、決してダメージを受けることが無かった。
それはもう鮮やかに。
冷凍ビームは愚か、吹雪や凍える風といった広範囲攻撃ですら紙一重で避けたという。
焦ったカンナは不用意に間合いを詰めてしまい、結果、一撃の元に葬られた。
「そしてこの話にはまだ続きがあるんだ。ここまではスイバの話とほぼ同じだがな。」
見事にリーグ優勝を果たしたガイは続く四天王戦への切符を手にした。
四天王戦は大会の1ヶ月後に行われる、文字通りカントーの王を決める試合だ。
大会での圧倒的な強さを見ていた観客誰もがガイの四天王入りを疑っていなかった。
しかし、何があったか知らないが、ガイは試合の1週間前に急に棄権届けを提出。
それ以来、奴が公の場に姿を現したことは無い。
「凄まじい経歴だな。」
ブラックが感心したかのように言った。
「全く、もったいない話だ。結局ガイの代わりに出場したカンナでさえ四天王に残ったんだからな。」
結局奴が何をしたかったのかはわからないままだ。
「まあガイについてこれ以上議論しても埒があかないと思う。」
スイバの言う通り、今までの話は全て5年前のことだ。
重要なのは今であり過去ではない。
「そういえば、スイバ殿は先ほど差し入れがどうとかおっしゃっていましたな。」
「ああ。外にあるから取って来るよ。」
そしてスイバは入口のすぐ側にあったダンボール箱を持ってきた。
「ほう、これは……」
箱を開けたアベルが驚いている。中には最新型の道具が一式入っていた。
どれもそこらじゃなかなか手に入らない一品だ。
「ツワブキ社長からのプレゼント、心して受け取るように。」
ツワブキ社長とは、オルドビスの最大の出資元であるデボンコーポレーションの社長である。
直接会った事は2,3度しかないが、とても良い人だ。
その社長が直接まわしてくれた物ということは、まだ市場には出ていない試作品の可能性が高い。
「お、何だ?」
ジュンが箱の中から長いものを一つ取り出した。
どこからどう見ても日本刀にしか見えない。
「それはアベル用に調達してもらった物だよ。前から欲しがっていたようだから。」
そんな物まであるとは流石デボン。
「かたじけない。是非今度社長にも礼を言わねばならぬな。」
アベルがその刀を受け取り、腰に差した。
「なら俺用にもなんかない?」
ブラックの問いにスイバは、
「もちろんブラックやジュンのもあるよ。ついでに僕のもね。」
「これは一体どう使えば良いんだ?」
ブラックが腕時計型の機械相手に四苦八苦している。
「取説読めば良いんじゃない?」
そう言ってスイバは冊子を取り出した。
「サンキュー。何?対ポケモン用保護プロテクター?」
ブラックが時計の横のスイッチを押すと光が体を包み、そしてブラックは一瞬にして黒光りする鎧を身に纏っていた。
「なかなかかっこいいじゃないか。」
自分の鏡に移った自分の姿を見て言っている。ナルシストか、あんたは。
そして他の人の反応はというと、
「格好良いのか?それが?」
と、スイバ。
「ははは、お前にはそのダサい鎧がお似合いだな。」
と、ジュン。
「実用的で良いですな。拙者も一つ欲しいですぞ。」
と、アベル。
「なんだよ、アベルはともかくそこの二人は馬鹿にしやがって。
この良さが分からないとはお前らも大したこと無い奴だな。」
まあ賛否両論なのは分かる気がするデザインではある。
なんとなく一昔前のメタルヒーロー物を思い起こさせる体の部品と何も無い頭にギャップがあり過ぎる。
まあ頭に何か被った所で評価は変わらない気もするが。
「しかし一体どのようにその鎧をしまってあるので?とてもその腕時計に収まる大きさには見えぬのだが。」
アベルの疑問はもっともだ。そもそもなんでこんなアニメみたいに鎧が現れたのかも。
「ああ、取説によるとモンスターボールの技術を応用して鎧をデータ化したらしいな。」
まだまだ操作に不慣れなブラックが取説を片手に答える。
スイッチ一つで現れる鎧とはそれなりに便利…かと思いきや、
「別にお前自身が戦うわけじゃないから意味無いだろ?」
ジュンの鋭い指摘。
「そういえばそうだよね。
アベルはその刀を使って障害物を斬ったりするし必要なんだろうけど、ブラックの鎧は使用目的がさっぱりわからないな。」
説明し忘れていたが、アベルは剣の達人で、木だろうと岩だろうと全てを一刀のもとに斬ることができる。
まあ今はどうでも良いが。
「そ、そんなことは無いはずだ。いつかは絶対に使う時が来る……多分。」
言葉が詰まっている。自信がなくなったのだろうか。
「まあ持っていても邪魔になることは無いであろう。それよりスイバ殿は何を授かったので?」
「パッケージをまだ開けていないから。だいたいは分かるけど、これって……」
スイバの手元の箱を見ると、確かに中に入っているものは普通じゃない。
箱は一般的にブリスターパックと呼ばれる透明なプラスチックのパッケージで、そこからは銀色のオートマチック銃が顔を覗かせていた。
それにしても、わざわざこんな凝った箱にする必要が果たしてあるのだろうか。
「おい、俺達には絶対に向けるなよ。」
と、ジュン。万一暴発してお陀仏なんて事は誰だってごめんだ。
「その心配は無いと思うよ。だってこのパッケージに非殺傷ってきちんと書いてあるし。」
「何、人を殺せない銃だと?一体どんな物だよ。」
それでは銃としての意味が全く無い気がするのだが。
それは見た目は普通のオートマチックの銃だ。
しかしあの人がただの銃を持ってくるとはブラックには思えない。
「どれ、取説を見せてみろ。」
まるで子供向けの玩具の銃の取説みたいな挿し絵だが、これはわざとだろう。開発者の趣味が知れないな。
その取説によると、その銃は7種の弾丸を使い分けてあらゆるポケモンの状態異常を再現出来るというものだ。
驚くべきことにその弾は人間相手にも有効で、トレーナーもマヒさせたり凍らせたり出来、
ギリギリまで軽量化された拡散弾頭は相手を傷つけることなく状態異常を付加できる。
「カラフルな弾だな。」
弾には様々な彩色が施されている。赤、青、黄、白…
「赤いのは火炎弾で、青いのは冷凍弾らしいね。」
スイバが説明書片手に言った。
「こっちのピンクのは?」
ジュンが側にあった怪しい色合いの弾丸を手に取った。
「ああ、それはメロメロ再現用の媚薬弾だってさ。」
なんだそりゃ。わからないわけじゃ無いけどもめちゃくちゃだな。
デボンが何故こんなものをなんで開発したのかがさっぱりだ。
「さっきの話によれば人間にも効くんだったよな?」
ジュンが下心丸出しで聞いてくる。
お前じゃあたとえ惚れ薬かがされていたとしても寄ってくる女はいないだろうさ。
「全く、こんな話、姉貴が聞いていたらどうなるか…」
そこでブラックの話は途切れた。目の前に信じられないものを見たからだ。
それは開いたドアの前で仁王立ちしていた。
「ふふ、聞いちゃった。」
「お久しぶりです。何か用がおありでいらしたのですか?」
アベルは相変わらず堅い口調だが、女性に対してジュンよりも話し慣れている感じがある。
部下に女性がいるのといないのでは結構差があるものなのだろうか。
とは言ってもこの堅物は色恋沙汰はからきしなのであるが。話を元に戻そう。
「別にぃ〜。ただ近くを通ったからついでだよっ♪」
と、彼女は笑顔で答えた。
「ならとっとと帰ってくれないか?今は重要な会議の真っ最中なんだ。」
ブラックがうざそうに言う。
「え〜、そんな風には見えなかったけどぉ?それに面白い物持っているみたいだし〜。」
確かに本題は15分程前に終わっている。
その後はデボンから貰った道具で遊んでいただけの、ただの雑談タイムと化していた。
「欲しいのなら差し上げましょうか?」
と、申し出るスイバ。こいつも断るということを知らない奴だからな。
「止めとけ、スイバ。大切な支給品をこんな奴に渡す必要は無いぞ。」
これ以上調子に乗らせると何をしでかすかわからないからな、この人は。
「お姉様に向かってこんな奴とは失礼じゃないか、ブラック。」
ジュン、そういうお前こそお姉様などと呼ぶ権利はない。
「私だってオルドビスの一員なんだから何かプレゼントがあったっていいと思うのに〜。」
ブラックは今本気で姉をオルドビスに入れた事を後悔した。
彼女は第5部隊の所属となっている。それは彼女がコウと旧知の仲で、そもそもコウは彼女の紹介で入ってきたという経歴があるからだ。
そしてオルドビス内で唯一コウの本当の顔を知っているのも彼女である。
変装の達人であるコウはまだブラックの姉以外の誰にも本当の顔を明かしたことはなく、毎回違う人物の格好でブラックやスイバの前に姿を表す。
ここで深読みされた方に一応断っておくが、ブラックの姉がコウということはないのであしからず。
「姉貴っ、頼むからこれ以上無理なことを言わないでくれよ。」
もうブラックのイライラは頂点に達しようとしていた。
「なぁんかさっきからブラックが冷たいんだよね〜。
何かあったの?悩んでいるならお姉ちゃんに何でも相談したって良いのよ?」
流石姉弟。ブラックの心理状態をよくお分かりのようだ。
「こいつ、一昨日の任務の時に完膚なきまでに負けたんですよ。」
と、ジュンが説明する。
「へぇ〜、そんな事があったんだ〜。私、初耳だったんだけど?」
彼女の目が輝いている。まるで新しい玩具を与えられた子供のようだ。
「ジュン、貴様ぁ!!」
よりにもよって最も教えてはいけないような人に教えてしまった。
ブラックにとってはこの先が怖い。
絶対に言いふらされるに決まっている。彼女はそういう人だ。
しかし、彼女が次に発した言葉はブラックの予想とは異なるものだった。
「だったら最初から言ってくれれば良かったのに〜。で、ブラック、あんたの対戦相手ってどんな人なの?もしかしてイイ男?」
ああ、そっちに興味が行ったか。
「ほら、そこに資料があるからそれを読めば良いだろ。」
先程、コウに送ってもらったものだ。
もっとも5年前のではあるが、公式記録なので信頼性は高い。
「どれどれ……って何よ、私より年下じゃない。ブラックを倒したっていうからどんな渋いおじさまか期待していたのにぃ。」
一体どんな人を想像していたんだ、この人は。
「用が終わったならとっとと帰れよ。」
と、ブラック。
「もう、分かったわよ。帰ればいいんでしょ、帰れば。」
やっと解放されるブラックはすがすがしい安堵感を感じた。
「なら僕が送りましょう。」
と、即座に反応したのはジュン。というか、いつもとキャラが違わないか?僕ってなんだよ、僕って。
嵐の過ぎた後の会議室は静かなものだった。
ブラックは疲れて話す気にもなれないし、スイバとアベルは共通の話題が見つからずに話のきっかけを見つけられずにいる。
そんな状態が数分程続いたころだろうか、沈黙は通信によって破られた。
「で、何の用だ?」
通信してきたのはコウだった。
ブラックにはだいたいの予想がついている。
先ほど資料を送ってからの時間を考えてればガイ絡みではなさそうだし、無駄話のために秘匿通信は使わない。
と、なると答えは一つ。
「任務じゃよ。ほっほっほっ。」
で、今回は爺さんに変装しての通信だ。
前回の時は中学生位の少年の姿だったし、初めて会った時は警察官の格好をしていた。
一体どれが本当の姿なのかさっぱりだ。
「で、場所と内容は?とっとと片付けてやるよ。」
「待つのじゃ、ブラック。今回はスイバに行ってもらおうと思っておる。」
こいつが実動部隊に意見するとは珍しい。何か策があっての事なのだろうか。
「僕が行くのか?」
「ほっほ、今のブラックに冷静な判断が出来るとは思えぬのでな。」
それにブラックのボスゴドラはまだ入院中だ。
ベストなメンバーで行けるようになるまで任務は止めておいた方が良いだろう。
それにしてもコウの風格や威厳はまるで本当に爺さんのようだ。さすがと言うべき程に。
「詳しい内容は移動中にでも話そう。ほれ、とっとと準備をせんか。目的地は天気研究所じゃ。」
「はいはい、分かりました。」
そう言って、急いでスイバは部屋を出て行った。
「とうとう拙者達だけとなってしまいましたな。ブラック殿はこれからどうされるおつもりで?」
この会議室には今やアベルとブラックしかいない。
「俺はこれからボスゴドラの見舞いだ。あと1週間はこのままらしい。」
「それ程ひどい傷だったのですか?」
「いや、確かに奴の破壊光線は肩を貫通していたが神経も筋肉も骨も大したダメージは無かったんだ。
ジョーイ(女医)さんも奇跡だと言っていたよ。」
結果手術もしないで済んだし、とブラックは付け加えた。
「ほう、それはラッキーでしたな。」
「それがそうとも言えないんだよ。あくまで、これは俺の推測なのだが…」
と、ブラックが切り出した話は驚くべきものだった。
「つまり、奴は最初から体組織の隙間を狙って技を放った、と言いたいのですな。」
「ああ。」
ブラックが頷く。
「我々はとんでもない奴を相手にしてしまったのかもしれませんな。」
「なあ、ボスゴドラが退院したら模擬戦に付き合ってくれないか?」
「いいでしょう。ブラック殿とは久しぶりの対戦ゆえ、今から楽しみですな。」
「じゃ、俺はこれで。」
「うぬ、気をつけてな。」
そして、部屋には誰もいなくなった。
スイバは目的地へと急ぎながらコウから今回の任務の内容を聞いていた。
「天気研究所ではポケモンと天候の変化の関係を探っておってな。」
そこまでは誰でも知っている。
特に雨乞いや日本晴れなどの天気関係の技の仕組みを解明したということはあまりにも有名だ。
「で、今は更に先の研究をやっておるのじゃよ。」
「と、言うと?」
「天気はポケモンに様々な付加効果を与える。
じゃがな、彼らは遂に見つけてしまったのじゃ。究極の天気ポケモンを。」
それは偶然の産物だった。
様々なポケモンの細胞を調べているうちに研究者の一人が発見したそれは一定の温度・湿度を満たしてやると、
その環境に最も合ったタイプへと自らを変質させるのだ。
一見するとポリゴンのテクスチャーに似ているが、根本的に違うのは対象がポケモンではなく自分の周りの環境だという事だ。
そのポケモンは普段は木のうろや洞窟に隠れている為にそのような性質がある事に誰一人気づいていなかった。
そして、大変珍しい種で今までに捕獲されたのは研究所にいる5匹だけだという。
「そいつの存在の情報がどこかからアクア団に漏れたらしいのじゃ。」
天気によって形質を変えるポケモン。それは海の神が起こすという嵐にも適応出来るに違いない。
つまり奴らにとって、来るべき神の復活の際には大きな戦力となるに違いないのだ。
「という事は、今回の任務はそのポケモンを守れば良いんだね。」
「まあその通りと言えばその通りじゃ。」
スイバはこの時のコウの話し方に若干の含みがあったことに気付かなかった。
先ほどスイバ達がいたオルドビスのカイナ支部から天気研究所まではだいたい55〜60Km位。
カゼノ特別製ブースト自転車なら2時間半も掛からずに着く。
今回、彼らはポケモンアカデミーの学生という身分で研究所に入る。そこに見学に来たという設定だ。
どんな方法を使ったのか知らないが途中のキンセツのポケモンセンターには学生服がスイバ宛てに13着届いていた。
スイバとその部下12名は夕方前には目的地に到着した。
途中で長い草むらなどに時間をとられたりしたが概ね予定通りだ。
出迎えたのは瓶底メガネに三つ編みのまるでアニメキャラのような格好の女性研究者だった。
「ようこそ、天気研究所へ。話は既に伺っています。どうぞ中へ。」
スイバはその研究者に対して妙な違和感を覚えた。
「この声…どこかで聞いた事があるような…」
必死になって考えるが思い出せない。
「さあ、こちらです。」
と、案内されたのはベッドと必要最低限の家具しか置いてない簡素な部屋だった。
今夜はここに泊まれという事だ。
夕食後、スイバ達は男性研究者に案内されて施設内を見学した。
「この天気研究所は3つの視点から天気とポケモンの関係を調べています。」
1つはポケモンの技による天気への影響。
天気変化技の仕組みがある程度解明された今はこの分野にそれ程力は入れていない。
2つ目は天気が与える技の変化。
光合成、雷など天気によって技の有用性が大きく変わるこれらの技を調べる事によって、
いつでもポケモンの力を最大限発揮出来るようにするのが目標らしい。
3つ目は特性と天気の関係の研究。
これは例のポケモン──ポワルンと名付けられたと教えられた──の研究が入る分野になる。
ただ、スイバにとって残念だったのはそのポワルンを見せては貰えないという事だった。
あらかじめ守る対象を知っておけば作戦も立て易いのだが…
夜は仮眠をとりつつ交代で見張りに当たる。
まあアクア団の連中は夜に不意撃ちを仕掛けるような事はしないだろうが、一応念のためである。
事前にコウに聞いておいた情報では奴らは明日の真っ昼間、正々堂々と正面から強襲してくる可能性が高いとの事だ。
カチャカチャとスイバは銃の手入れをしていた。
今日入手したばかりのこの武器の威力を体感するのにもこの任務は重要だ。
ダイヤルは…とりあえず火炎弾にセットしておいた。
結局、何も無いまま夜が開けた。
と、なるとこれから半日間が最も警戒しなければいけない時間帯だ。
朝食の時間も交代での見張りを欠かさずに、些細な変化も見逃さないようにする。
表に二人、裏口に一人が常に監視している。
11時を過ぎた頃、見張りからスイバに青いバンダナの集団が近づいて来ていると連絡があった。
スイバ達はなるべく偶然に学生が散歩に出たように装って接近する。
オルドビスの存在は奴らにはあくまで極秘なのだ。
学生が研究所に泊まっているのは別段珍しい事ではないし、
胸に付けている特待生バッチさえ有れば少し位強くても不審に思われることはまずない。
そしてスイバは部下を引き連れてその一団と対峙した。
「この先には研究所しかありませんよ?」
スイバはわざとらしくアクア団の連中に言ってみた。
「ウチらは今からそこを襲いに行くんだよ!!怪我したくなかったらすぐにそこをどきな!!」
右脇の、この中ではおそらく2番手の女が言った。
短気な奴らだ。すぐに頭に血が登る。
自分の腕によほどの自信があるのかはたまた只のヤクザ体質なのかは不明だが、かなり柄が悪いのは分かってもらえると思う。
「それは困るよ。僕らはあそこの見学に来ているんだ。見学場所がなくなってしまうじゃないか。」
そういうとスイバは腰からモンスターボールを取り出して臨戦態勢に移る。
始めから戦うつもりだったのだが、
いきなり襲いかかってしまえば敵に存在を疑われてしまう恐れがあったので、このような小芝居をうったわけだ。
スイバの演技力はなかなかのものだし、とりあえずはアクアの連中を騙すことは出来ただろう。
「俺らとやる気か?その身の程知らずを死んでから後悔する事になっても知らないぜ。」
そう言うとリーダーらしき男もボールを取り出して戦闘が始まった。
敵が使ってきたのはサメハダーだった。
ホウエンの海ならどこでも釣り上げることが出来る、一般的な水ポケモンだ。
対するスイバはキュウコンを使用している。
炎タイプの中では上位に位置するポケモンである。
水対炎。一見するとスイバの方が不利に見える。しかしスイバにとってタイプなどというものは関係がなかった。
「キュウコン、怪しい光だ。」
キュウコンの尾から光の玉が放たれた。
敵のサメハダーはそれに気をとられ、惑わされる。
「サメハダー、噛みつけ!!」
しかしサメハダーは混乱状態に陥っている為にまるで見当違いの所に向かって攻撃をした。
「続いてメロメロだ。」
スイバが畳み掛けるように指示を出す。
哀れなサメハダーは混乱の上に更にメロメロを受ける事で全く身動きが取れなくなってしまった。
スイバの戦い方…それは徹底的に相手の動きを封じて、それから攻撃するというものだ。
敵が動けなければ技を受ける事はない。よってスイバにとってタイプという概念は意味を為さなくなる。
そしてそれを可能にしているのはスイバ自身による緻密なリスク管理。
相手から技を受ける可能性を常に計算し、それをさせない為の最善の手を尽くす。
「突進だ、突っ込めぇ!!」
敵の悲痛な叫びが聞こえる。だがサメハダーの技は発動しない。
「キュウコン、秘密の力だ。」
秘密の力は使用する場所によって敵に与える効果が違う。建物の中なら相手を麻痺させる効果が発揮される。
相手を完全に封じるまで決して手を抜かない、これもスイバの強さの理由の一つだ。
「火炎放射!!」
止めとばかりにキュウコンは炎をサメハダーに浴びせかける。
しかし相性のせいかダメージはそこまで大きくはない。
と、唐突に味方からの通信が入った。
「スイバ隊長、応答願います。」
「ああ、僕だ。」
連絡をよこしてきたのは念のために研究所に残してきた部下だった。
「……何だって?」
彼の話では裏口の方からアクア団の連中が攻めてきているらしい。
人数は5人程だが、とても彼一人で止められるわけがない。
「分かった、すぐに行くよ。」
とは言ったものの、こっちには20人以上のアクア団員が来ており、全て倒すにはまだまだ時間がかかりそうだ。
「キュウコン、秘密の力だ。」
キュウコンは先ほどからサメハダーを攻撃し続けているが、なかなか倒せない。
サメハダーはもう移動する事すら困難な状態だが、ダメージ的にはもう少し攻撃が必要だ。
スイバの欠点がモロに出た結果になっている。
彼の戦い方の欠点、それは決定力の不足である。
オルドビス内での模擬戦、特にブラックやジュンが相手だと戦闘が長引いて1対1でも20分以上かかってしまう事もしばしばだ。
状態異常を駆使した戦略で相手からの攻撃を受けなくなっても、倒すまでには3〜4回、多い時には10回位攻撃しないと相手を倒せない。
ポケモンのもともとの攻撃力がそこまで高くはないという事と、最大でも中の上程度の威力の技しか覚えていないのが原因だ。
ようやくサメハダーを倒したスイバは次の相手に標的を変えた。
「早く決着をつけないと。」
いつも冷静なスイバが少し焦っていた。
15分後、ようやく最後の一人を無力化し、撤退させたスイバ達は研究所へと急いで戻った。
アクアの連中はポケモンはそれなりの奴を使ってきても腕はオルドビスの精鋭に比べると格段に劣る。
ただ、数が揃うと厄介なのは言うまでもない。
例え5人でも一般人相手なら7分もあれば全てを盗みだしてしまうだろう。
既に最初の連絡から20分近くが経つ。ポワルンの防衛はほぼ絶望的と見て間違いない。
完全にスイバの誤算だった。
アクア団もマグマ団も基本的に小細工を嫌う。だから今回も襲撃は正面からだけと踏んでいたのだ。
しかし今回、敵は別働隊を配備していた。
一体、どんな心境の変化なのだろう?それとも、誰かがアクア団に助言をしているのか?
スイバは考えても分からない事をいつまでも考えるような事はしない。今考えるべきはこの状況の打開だろう。
「突入するよ。準備は良いかい?」
スイバは腰から銃を抜き、安全装置を外して構える。
部下が戸を開けると、その瞬間にスイバは中へと先陣を切る。
と、まずスイバの目に止まったのはボロボロになり手錠をかけられたアクア団員達だった。
「こ、これは……」
呆然とするスイバの前に最初に出迎えてくれた女性研究者が姿を現す。
「あら、意外と遅かったのね。」
と、その女性研究員は言った。
目の前の光景は彼女の仕業なのだろうか?明らかに雰囲気が先ほどとは違う。
「これは君がやったのか?」
まずは一つ目の疑問。もしそうだとすると、相当強いポケモンを持っているに違いない。
「私一人でやった訳じゃ無いわよ。戦いはしたけどね。」
と言う事は他にも仲間がいるのだろう。しかしこんな事は只の研究員にできるはずが無い。
何者だ?
アクア団を倒し、この研究所にいても自然な人物。そんな奴の心当たりはスイバには無い。
「……なあ、君は一体誰なんだ?」
恐る恐る疑問を口にした。
スイバは腰の銃に手をかける。返答次第ではその場で撃たねばならないかもしれないからだ。
敵か味方か、その正体は……
「え?まだ気づいていなかったの?とっくに気づいているかと思ってた。」
なんだか急に話方が軽くなった。
この声、つい最近聞いたばかりのような気がする。だがスイバには思い出せなかった。
この声の持ち主はこんな真面目そうな人では無い、そう深層意識が警告している。
警告?何故警告なのだろうか?
その時にようやくスイバはからくりに気づいた。
「と、言う事は……」
今回の一件の仕掛け人もここにいないとおかしい。
「やっと分かったみたいね。もぉ〜、スイバ君って鈍感過ぎぃ。」
と、目の前の女性は眼鏡を外し、髪をほどく。
こうして見るまで本当に彼女がその人だとは信じられなかった。
その人…ブラックの姉は手を振りながら奥の方に向かって声を張り上げた。
「コウちゃん、もう出て来て良いよっ♪」
と、向こうの戸が開き、昨日研究所の説明をしてくれた男性研究員が姿を現す。
いつ見ても完璧な変装だ。まあそもそも本当の姿を知らないからどれが本当のコウなのかは不明だが。
「さて、理由を聞かせてくれないか?何でこんな回りくどい事をしたのかを。」
第5部隊の連中がこの研究所にいるのなら、スイバ達第1部隊は殆ど必要が無かったはずだ。
何故この場を2部隊も使って守る必要があったのか。
そして何故スイバをわざわざ指名して呼んだのか、納得のいく答えが欲しい。
「話すと長くなるんだが…」
と、コウは切り出した。
最近、オルドビスの多大な活躍によってアクア、マグマ双方の作戦を未然に防ぎ、
かつその作戦に関わった団員を殆ど治安当局に引き渡してきた。
ただ、奴らもバカでは無い。どうやら最近何者かが関与しているのではないかと疑ってきているようなのだ。
特に前回、煙突山でマグマ団の団員68人をまとめて捕まえた時には新聞などで大きく報道され、彼らの警戒心をより増大させた。
そして第5部隊が潜伏させておいたスパイから今回のアクア団の作戦の概要が伝えられた。
つまり、奴らは用心のために2方向から攻撃を加えてくるというのだ。
オルドビスはその性質上存在を相手に知られてはいけない。
そこで今回、メインの方の集団には学生にやられたという嘘の情報を持ち帰ってもらい、
もう一方は一網打尽にするという作戦が立てられた。
「で、僕らにその事を伝え無かった理由は?」
コウの話には肝心な所の説明が無い。
「簡単な話だよ。別働隊の事を知らなければこっちに気をとられて、それだけ普通に逃がす事が出来るだろう?」
敵を騙すにはまず味方からという事か。それでもまだスイバは納得がいかない。
「実をいうとね、あなた達が一番私達の存在に気づきにくいと思ったからなの。」
ブラックのお姉さんが補足する。
確かに、彼女がいるとブラックにはすぐに気づかれてしまうだろうし、ジュンは女に目ざといから同様に気づくだろう。
アベルは武人口調で話すからそもそも学生のふりが出来ない。
そうなると実働部隊の中で残ったのはスイバの第1部隊だけだ。
これで全て理解出来た。
「で、これからどうしようか、コウ?」
「まずはこの人達を治安当局に引き渡しちゃいましょ。」
と、代わりにブラックのお姉さんが答える。
確かにここにいるアクア団4人の身柄をどうにかするのが最優先…
…ん?4人?
送られて来た通信では敵は5人だったはずだ。それにその通信を送って来た部下もいない。
「まだ終わっていないようだね。」
スイバは走り出した。
「どこに行ったんだ?」
スイバ以下第1部隊の面々は研究所の周辺をくまなく探したが、それらしい人影は見当たらない。
「手伝ってやろうか?」
と、後からやってきたコウが言った。
とは言ってもこれだけ探していないのだ、コウ達が加わってもすぐに見つかるとは思えない。
と、コウはおもむろに腰から四角い箱を取り出すとその中にモンスターボールを入れた。
「データ定着開始…生存データ生成、よし、完了!!」
そして中からモンスターボールを出して空中に投げる。
「出て来い、メタモンB!!」
コウのポケモンは6匹全部がメタモンで、それぞれメタモンA〜Fの名が割り振られている。
そしてそのメタモンは今、ヨルノズクとして出て来た。
知っての通り、メタモンは変身が得意なポケモンだ。
しかし、普通メタモンが変身を行うには近くにそのポケモンがいないといけない。
だがコウのメタモンは最初から変身した状態で出てこれる。
その秘密は先ほどモンスターボールを入れていた箱にある。
あれはデボン特製の「大容量記憶デバイス」というもので、多量のポケモンの個体データを保存する事が出来る優れものだ。
このデータをメタモンに付加することにより好きなポケモンに変身させて使うことが出来る。
「メタモンB、上空から探せ!!」
ヨルノズクは目がとても良く、こういった時にはかなり便利なポケモンだ。
「フホー、フホー!!」
どうやらもう発見してしまったようだ。
驚くべき事にそのヨルノズク型メタモンはさっきから研究所の周りを旋回している。
「まだあの中にいるって事かしら?」
「分からない、研究所はまだ探していないしな。コウと君も気がつかなかったならそれもあり得る。」
灯台下暗し、という諺がある。近くにいるのに気がつかないという意味だ。
スイバ達はてっきりアクア団の奴は逃げたものだとばかり思っていた。
「でも研究所内も意外と広いからな。ほら、これを見ろ。」
と、コウは今回のために入手した見取り図を見せた。
全く、こんなものがあるならもっと早く見せて欲しかったものだが。
「でもあの研究所内のどこにいるんだ?」
「いやメタモンBの動きを良く見ろよ、スイバ。」
メタモンBが旋回しているのは研究所のC棟。
図面によるとあそこは天候操作用特殊実験棟のため、窓は一つも無い完全な密室となっている。
メタモンもいくら目の良いヨルノズクになった所で透視が出来るわけじゃ無い。
つまりはヨルノズクから丸見えの位置……屋上に彼らはいる事になる。
ドタドタッ!!
階段を全力で駆け上がる。そして扉の前にたどり着く。
これを開けばそこは屋上だ。スイバ達第1部隊の面々に自然と緊張が走る。
ドカッ!!
隊員の一人がその扉を思いっきり蹴破った。
「……」
一同唖然とした。
そこには2匹のポケモンと2人のトレーナーがいた。
恐らく誰も予想していなかっただろう。なんせ彼らはもう1時間半は勝負を続けている事になるのだから。
状況を整理しよう。
最初にこの部下から別働隊の連絡を受けたのはおよそ1時間半前。
スイバ達が研究所に戻ったのがそれから20分後。そして彼らを探し始めたのが30分前。
彼が戦い始めたのは恐らく最初の通信の直後だろうから、一体どんな戦い方をしたらこんなに長引くのか?
スイバ達はしばらくその戦いを見守る事にした。
「キノココ、頭突き!!」
「ユンゲラー、念力!!」
しかし部下のキノココの頭突きも相手のユンゲラーの念力も一向に発動する気配が無い。
よく観察するうちにスイバにはその原因が分かった。
「ねえ、コウちゃん、何であの2匹は動かないのかなぁ?」
「さあ分からん。」
コウにはまだ原因がつかめていないようだ。
「ユンゲラーのスプーンを注意して見てごらん。多分分かるはずだよ。」
とスイバがアドバイスをした。
2人はユンゲラーをじっと見る。と、ユンゲラーが小刻みに震えている。
「そうか!!ユンゲラーは麻痺状態に陥っているのか。」
「だからさっきから動かないのね。」
2人共ようやく理解出来たようだ。
「加えて、あのユンゲラーの特性はおそらくシンクロだ。だからキノココも麻痺しているんだ。」
スイバが更に補足する。
シンクロとは自分が受けた状態異常を同調してそのまま相手も同じ状態にする特性だ。
恐らくはスイバの部下のキノココの方が先に痺れ粉でユンゲラーを麻痺させたのだろう。
しかしユンゲラーの特性の影響でキノココまでも麻痺し、お互いに動くに動けない状態となってしまったのだ。
「で、スイバ君はこれからどうする気?このままじゃキリが無いじゃない。」
「まずはキノココを勝たせよう。それからそこのアクア団の奴を捕まえる。」
そう言うとスイバは歩いてキノココへと近づいていった。
「た、隊長。」
その部下から安堵の声が漏れる。
これだけ長い時間戦ってきたのだ。彼の疲労は計り知れない。
「隊長さえいれば、もう勝ったも同然です。」
「僕は加勢しないよ。君自身で勝つんだ。」
「え?」
部下から驚きの声が出た。
「但し、若干の手助けはしてあげるけどな。」
そう言うとスイバはおもむろにキノココに触れる。
するとキノココの体がほのかに光ったかのように見えた。
そして、キノココは何事も無かったかのように跳ね回り出した。
「どーゆー事?」
ブラックのお姉さんがコウに聞いた。
「あれがスイバの能力『リフレッシャー』だと思う。見るのは始めてだけどな。」
リフレッシャーとはポケモンのあらゆる状態異常を改善出来る能力だ。
ついでに若干体力も回復させる事が出来る。
スイバが状態異常のエキスパートなのはただ単に持ちポケモンの技だけでなく、この能力による所も大きい。
ただし、使うとスイバ自身が体力を消費するので余り多用は出来ない。
「さあ、思う存分戦うといいよ。」
「キエェェェ!!」
強烈な叫び声と共にユンゲラーがのけぞる。
力を取り戻したキノココは頭突きを連発し、ユンゲラーを圧倒していた。
「とどめだ、メガドレイン!!」
キノココから伸びたつるがユンゲラーを捕らえる。そしてユンゲラーは体力を吸い取られて倒れた。
こうして1時間40分にも及ぶ長い戦いに決着がついた。
後はそのアクア団員を捕まえるだけだ。と、急にそのアクア団員は走り出した。まだ逃げるつもりのようだ。
しかし入り口はスイバ達が固めている為に通れない。
「あきらめな。逃げ道は無いさ。」
と、コウが忠告するのも聞かず、そいつは柵を乗り越えた。
しかしここは地上15mの建物の屋上。ポケモン無しに降りる事は自殺行為に等しい。
そして、奴は無謀にもそこから飛び降りた。
すると、奴は背中のバッグの紐を引っ張った。そして折り畳み式のグライダーが展開する。
「まだあんな物を持っていたのか!!」
さっきまで戦っていた部下が叫ぶ。
「ち、しょうがない。モンスターボールセット!!」
コウはすぐさま大容量記憶デバイスにボールを入れる。
「コウ、ちょっと待った。こいつを試したい。」
そう言うと、スイバは腰から例の銃を取り出した。その間にも奴との距離はどんどん離れていく。
「なら早くしろ。逃げられちまう。」
と言っていながらもコウの指は休まる事なくデバイスのボタンを打ち続けている。
この場に最適なポケモンのデータを入力しているのだ。
「焦るな…落ち着け…。」
この銃は説明書の通りにやれば外す事は無い、初心者用の簡単操作になっている。
殺傷が目的で無い為、弾の質量が軽く、反動もほとんど無い。
また、バレルと撃鉄以外全て強化プラスチック製なので銃本体も軽いという、どこまでも親切な作りになっていた。
スイバには射撃訓練の経験は全く無いがこれなら使いこなせるはずだ。
しかし、レーザーサイトから放たれた赤い光は昼間では見えにくい。
説明書によると、銃身の上の2つの出っ張りと撃ちたい目標が全て重なって見える時に引き金を引けば確実に当たる。
スイバはひたすらその瞬間を狙い、そして…
バンッ!!
一瞬の静寂の後、弾がグライダーに着弾する。
更にスイバの銃から火炎弾が発射されると同時にコウもモンスターボールを放る。
中からはオニドリルが飛び出した。
火は瞬時にグライダーを燃やし、たちまちその団員は地面への落下コースをたどる。
さっきも言ったがこの高さから落ちるとまず命は無い。
「クケー!!」
すんでのところでオニドリルが団員を掴み、何とか地面への激突は回避した。
だが、その団員は恐怖のせいか気絶していた。
とにかく、これで本当に一件落着だ。
巡査さん達にアクア団の身柄が引き渡される。後の事は法に任せよう。
「で、スイバ君はこれからどうするの?」
「そうですね…とりあえずはルネの本部に戻ろうかと。アベル達もカイナからそっちに移っているだろうし。」
「そう。じゃあブラックによろしくって言っておいてね♪」
全く、どこまでも元気な人だ。
スイバはそのまま荷物をまとめ、研究所を出て行こうとして一つ忘れ物に気づいた。
「なあコウ、結局僕らが守ろうとしていたポワルンってどんなポケモンなんだ?」
珍しい種だし、アクア団が狙う程だからここで見れないともう一生見れないかもしれない。
「ポワルンか?ちょっと待ってな。」
そう言うとコウは奥の部屋に行ってしまった。
5分程して、コウは手に一つのモンスターボールを持って来た。
「ほらよ。」
そうして投げられたボールからは白っぽい色の小さなポケモンが出て来た。
「…これが?」
スイバが想像していたのとは全然違う、小さくて弱そうでファンシーなポケモンがそこにいた。
「正確にはそのコピーなんだけどな。今そこのデータベースから遺伝子情報をちょっと拝借してきた。」
つまり、目の前にいるのはメタモンが擬態しているわけだ。
「それってマズいんじゃないか?何の断りも無しに勝手になんて。」
「所長にはあらかじめ了承は得ている。あくまで成功報酬としてだけど。それに本物はもうここにはいないよ。」
「なんだよそれ、初耳なんだけど?」
スイバがコウに抗議する。
「まあ言ってなかったからな。」
コウいわく、ここの所長が大事なポケモンをそんな危険な所に置いておけないと言ってデボンの支社に持って行ってしまったそうだ。
更に5匹のポワルンの内1匹は進化するかどうか確かめるために経験を積ませようとあるトレーナーにもう渡されているらしい。
「ますます僕らがきた意味が無かった気がしてならないんだけど……」
「まあそう言うな。お前がいなかったら一人取り逃がしていたかもしれなかったし。」
「今度はもっとまともな任務をくれよ。」
「ああ、とびきりキツいやつをな。」
コウがケラケラと笑いながら言った。
「それは勘弁してくれ……」
まあそれでも今のスイバにやり遂げられない任務は無いような気がした。
オルドビスの皆がいれば出来ない事は何も無いだろう。(第2章・終)