第1章「暴風」
「その箱は右側の棚に積んでくれ。あ、そっちのは左だ。」
店のゴーリキーに的確な指示を出しながら彼はふと思う。
「本当にこんな平和な町にマグマ団が現れるのだろうか」と。
彼の名はブラック。
今はフレンドリィショップの新入店員として働いている…
のはカモフラージュで本当は秘密組織オルドビスの第2部隊隊長である。
なぜこのような所で働いているかというと、それは3日前にまでさかのぼる。
それはオルドビス情報部の隊長、コウからの通信が発端だった。
「マグマ団の連中がなんでもえんとつ山を噴火させようとしているらしい。
近い内に行動を起こすと思うから注意して欲しい。」
「近い内っていつ頃なんだ?」
ブラックが言った。
「さあ、詳しくはわからない。ただ一週間以内ではあると思う。」
そして、緊急会議が召集された。
コウの得た情報からおおよその計画は予想が出来た。
マグマ団はかなり大掛かりな装置を用意しているらしい。
おそらくそれさえ破壊出来れば奴らは撤退するだろう。
ただ具体的な決行日がわからない以上、構成員が山に一番近いフエンタウンに潜伏して監視を続ける必要がある。
そして議題は誰が行くか、という事に移った。
オルドビスは第1〜第6までの6つの部隊を抱えているが、第5部隊は情報部だし、
第6部隊はホウエン外の担当になっているので、実質的には第1〜4までが実動部隊なのだ。
「俺、今回はパス。」
一番最初に拒否をしたのは第3部隊隊長のジュンだった。
「すまないなブラック、僕も行けそうにない。」
続いて第1部隊隊長のスイバも今回の任務を拒否した。
「ちょっ、お前らなんだよ。」
二人のいきなりの拒否に対しブラックが反応した。
「ジョウトに行かなきゃいけない用があるんだ。文句は無いよな?」
ジュンはトレーナーの腕はブラック達とほぼ同じだが、人間としての腕っぷしはダントツに強いので少々逆らいづらいとこがある。
身長も3人の中では1番大きい。
「僕は前回の任務からまだ3日しか経っていなくてまだポケモンが回復しきっていないんだ。」
前回の任務はスイバと第4部隊隊長のアベルの二人の合同任務で、アベルはその時受けた傷を治すために入院中。
やはりブラックが行くしか手はなさそうだ。
「わかったよ。俺が行きゃあいいんだろ。」
こうしてブラックの任務が始まった。
「おい新入り、悪いが接客の方にまわってくれないか?」
店長の声が聞こえる。
ブラックは仕入れ作業をしているゴーリキー達をボールに戻すと、店長にそれを返した。
そして作業着から接客用の服に着替えるとレジに座った。
…ブラックがレジに座ってから2時間が経つ。
客はまだ誰も来ていない。
そもそもフエンタウンは温泉以外には特に何も特徴の無い町で、人がそんなにしょっちゅうは来るはずがない。
ブラックこの2時間の間に仲間との情報交換を行ったが、あまり目新しい情報はなかった。
今、この町にはブラックを含めて13人の構成員が、
えんとつ山頂上に8人、そして山の入り口であるロープウェー乗り場とでこぼこ山道に2人ずつの計25人が潜伏している。
皆、ブラックのように何かしらの偽装を行い地元の人間に溶け込んでいる。
これだけの人数がいればさすがにマグマ団の連中に負けることは無いだろう。
やることがなくなってしまったブラックは暇を持て余していた。
しかし、そんな時でもブラックは気を抜かなかった。
さっきから何か胸騒ぎがしてならない。そしてこういう時に限って予感というものは当たってしまうものなのだ。
ウィィーン
自動ドアの開く音が聞こえる。
待ちに待ったお客さんだ。
「いらっしゃいま…」
挨拶を言いかけてブラックは気付いた、その男の異様な雰囲気に。
その男は冬でもないのに何故か体が全部収まるようなマントを羽織っている。
頭は特に何も覆うものをつけてはいなかったが、その目には何か殺気のようなものを感じる。
「どうかしたか?」
固まっているブラックにその男が話しかけてきた。
「い、いや、なんでもないです。」
ブラックは我に帰り自分の仕事に集中した。今、ブラックは店員でその男は客。
無駄な詮索をするのはやめた方がいい。
恐らくこの男はマグマ団とは関係がないだろう。
「で、フエン煎餅ってある?」
フエン煎餅とはフエンタウンの代表的なお土産品。人でもポケモンでも美味しく食せるのが魅力だ。
こんなものを買うのは純粋な観光客以外にいない。
「箱と個包装がありますが、どっちにしますか?」
ちなみに個包装1枚200円、1箱10枚入り1800円だ。
「じゃあ箱の方で。あ、あとサイコソーダも。」
その男は群青色のマントから左手を出してお金を渡した。
かなりくしゃくしゃのお札から察するに直接ポケットに入れていたようだ。
そして商品を受け取ったその男はそのまま出口へと向かった。
「ふぅ」
ブラックはため息をついた。妙に疲れる相手だった。
「あ、そうそう。」
その男は自動ドアの前で突然立ち止まった。
「あの、まだ何か他に欲しいものでも?」
ブラックが尋ねる。
するとその男はブラックの方へ向き、言った。
「違う違う。挨拶を、だよ。」
…そして次の瞬間、突如その場の空気が凍りついた。
(な、何なんだこの力は…)
今、ブラックは得体の知れない「力」によって完全に抑え込まれていた。
手や足を動かそうとすると大きな抵抗を感じる。
少しでも気を抜けば吹き飛ばされるような感覚。例えるなら嵐の日に一人で外に放り出された時の感覚だ。
それを起こしているのは間違いなく目の前にいる男だ。
あり得ない。
たった一人の人間が発している気にまさかここまで圧倒されるとは。
「き、貴様、一体何を…」
周り棚にある商品に何も影響が無い所を見ると、どうやらブラックだけがこの感覚を味わっているようだ。
「よく耐えているじゃないか。お前程のトレーナーがこんな田舎町のバイト店員とはもったいないな。」
その男がそう言い終わるといきなりブラックの体が軽くなった。
「くはっ」
ほんの数秒の間だったがブラックにとっては数時間だったように感じる。
「言っただろ?これは挨拶だ、って。」
ブラックにはそう言われても悪い冗談にしか聞こえない。
「少しやり過ぎたか…腰にモンスターボールが見えたもんでな。
まあ次に会ったらトレーナーとして戦おう。」
「ま、待て!!」
ブラックの制止も聞かずにその男は立ち去っていった。
ブラックはすぐさま外の仲間に連絡して先程の男を尾行するように指示を出した。
「何者なんだ?奴は…」
自分とは明らかに違う系列の力。
スイバやジュンなどとも違う、相手に対して働きかける力。
ブラックは自分以上に非常識的な存在の出現にしばし呆然としていた。
店内はまるで何事も無かったかのように静まり返っている。
実際の話、店自体には何も危害を加えていないのだから当然だ。
だが、その静寂は長くは続かない。
ピー!ピー!ピー!
仲間からの無線通信が入った。
この音は緊急時に使用する音だ。ブラックはすぐに通信に応答する。
「こちらブラック。状況を報告しろ。」
「こちら入り口監視班A。マグマ団にロープウェー乗り場を占拠されました。」
「入り口監視班Cと連絡はとれるか?」
入り口監視班Aはロープウェー乗り場の外側からの監視、監視班Cは内部での監視を行っていた。
「依然、途絶えたままです。」
乗り場を占拠されたのなら恐らく監視班Cは敵に捕まっている可能性が高い。
作戦前のミーティングでは何かあったとしても本隊が到着するまでは決して戦わないように指示してあるので無事ではあると思う。
さすがにマグマ団も無抵抗の一般市民を攻撃する程落ちぶれてはいない。
「ならば敵の数と実力は?」
「少なくとも60人以上かと。幹部級の人間は見当たりませんでした。」
60人。ブラック達の予想よりも大分多い。
「よし、状況はだいたい把握できた。」
そしてブラックは無線の帯域を広げて皆に指令を送る。
「これよりマグマ団掃討作戦を開始する。総員私の所に集合せよ!!」
「よし、全員揃ったな。」
ブラック以下18名は町の出口に集まっている。
今いないのは、元から頂上にいる5人と謎の男を追っているのが1人、そしてロープウェー乗り場内部の1人だ。
「敵の数は60人〜70人と思われる。厳しい戦いになるだろうが最後まで諦めるなよ。」
ロープウェーを占拠されている関係上、デコボコ山道を自転車で登らなければいけない。
この中腹の町からでも最低30分はかかってしまう。
既に最初の通信から15分が経つ。
ロープウェーが1往復10分で定員が40人な事を考えるともう敵は全員が山頂に着いているはずだ。
ブラックは更に自転車のスピードを上げる。
ピー!ピー!
突然通信が割り込んできた。
「こちらブラック。一体どうした?」
「こちら追跡班。すみません、例の男を見失いました。」
「どこで見失った?」
「町の中央広場です。どうします、まだ探しますか?」
「いや、ご苦労。できるだけ早くこちらに合流するように。」
「了解!!」
あの男のことだ、おそらく尾行にはすぐに気が付いたに違いない。
また、そのことで構成員を責める必要もない。むしろ手を出してこなかったことを幸運に思うべきだろう。
だが、今はそれどころではない。先を急がなければならない。
木々がどんどん後ろに流れて行く。今は全体のだいたい4分の3といったところか。
ブラックは通信機を片手に持ち、仲間に連絡を送る。相手は山頂の仲間だ。
「こちら山頂潜伏班。」
「ああ、こちらはブラックだ。状況はどうだ?」
「楽ではないですけど、あと10分位なら持ちますよ。早く来て下さいよ、隊長。」
圧倒的に不利な状況で良くやっている。戦況は13対1なはずなのに。
「まあ後7,8分って所だ。頑張れよ。」
「ええ、了解しました……ん?」
「どうした?」
「いや何でもな…な、何だこれは?」
山頂潜伏班の様子がおかしい。
「状況を教えろ、どうしたんだ?」
「う、うわぁぁぁぁー!!」
絶叫。そして通信途絶。明らかな異常事態だ。しかしブラックにはここから確認する術が無い。
「みんな、無事でいてくれ…」
ブラックは神に祈る思いだった。
ガタン!
自転車が激しく揺れる。デコボコ山道という名前だけあり、かなり地形の起伏が激しい。
様々な改造が施されたブースト自転車といえとこの道を登るのは決して楽ではない。
「まだなのか…」
今のブラックにとってはあと200mがとても長く感じる。
それというのもブラックの肩には5人の構成員の命がかかっているからだ。
予想外の「何か」が起こっているのは間違いない。
ブラックに頬を火山灰が当たる。頂上はもうすぐだ。
光が見える。
森の出口、すなわち頂上だ。
ハンドルを強く握る。そしてブラックは自転車のスピードを若干緩めてその光の中へと突入した。
「…なっ!!」
ブラックは声にならない声を出した。
そこにはおびただしい数のポケモンとそのトレーナーと思われる赤い服の人間…マグマ団の連中が転がっていた。
赤服の人間に混じって何人かところどころに青い警備員の服を着た仲間の姿が見える。
「何があった?」
ブラックは最も近くで倒れていた構成員に駆け寄り聞いた。
「た、隊長…」
構成員は既に虫の息だ。
並のトレーナーなら3人でかかってきても勝てるであろうこの男を一体何がここまで傷を与えたのだろうか?
「あ、嵐だ…」
構成員はこの一言を発して再び気絶してしまった。
「隊長、向こうに人影が…」
ついて来た構成員の一人が言った。
「何?ヒトカゲ?」
ヒトカゲとは尾に火が灯っている2足歩行型のトカゲポケモンだが、ここいるのならどうせマグマ団の持ち物だろう。
「ほっとけ、今はそんなポケモンに構っている場合じゃない。」
「違いますよ、隊長、人影です。」
「本当か?」
もしまだ立っている人がいるのならそいつはこの状況の原因を知っているはずだ。
もしかしたらそいつが犯人かもしれない。
ブラックは数人を引き連れて火口付近へと向かう。
噴煙のせいでよくは見えないが、近づいてみると確かにその影は人間のものだ。
影が次第に大きくなっていく。そいつがこちらに来ているのだろう。
「気をつけろ、どんな奴が出てくるか分からないからな。」
仲間に注意を促す。
ザッ
足音が聞こえてくる。もうすぐ近くにそいつはいるはずだ。
「おい、そこにいる奴、何か知っているなら教えてくれ!!」
ブラックの問いかけに答えないままそれは近寄ってくる。噴煙の中から影が形を成していく。
そして現れた人物は…
「おっと、また会っちまったな。」
忘れもしない群青色のマント、鋭い眼光、全身から発せられる殺気。
そう、フレンドリィショップで遭遇したあの男だった
「これはお前がやったのか?」
一面に広がる瀕死のポケモン達。誰一人として殺されてはいない。
常人には逆立ちしても不可能な芸当だ。これをもし一人でやったのだとしたら…
「そうだ、と言ったらどうする?」
相変わらず余裕の態度だが、さっきとはどこか雰囲気が違う。
言うなれば闘志のようなものが感じられる。
「マグマ団を倒してくれたことには感謝しよう。だがな、仲間を倒されてただ黙っている俺じゃないんだよ。」
5人はいずれも重傷。数ヶ月は任務復帰不可能だ。それも全てこの男のせいだ。
「それで一体どうしようと言うんだ?」
その男は完全にブラックを挑発している口調だ。
「お前を倒す!!」
隊長として、同志として、ブラックは彼らの仇を討たなければならない。
たとえ相手がどんな力を持っていようと退くことは許されない。
「先に手を出したのはそっちなのだがな。」
「そんなことは関係ない。それにお前は言っていたよな、次に会う時はトレーナーとして戦うと。」
「意外に早かったけどな、やるんだったら相手になるさ。」
マントで手元が見えないが恐らくそいつはモンスターボールを構えているだろう。
ブラックも腰に装備したボールを手にとる。
「見せてやるよ、『能力者』はお前だけじゃないということをな!」
ブラックはボールを強く握り、自らの力を送る。と、ボールが赤く光り出した。
凄まじい力がボールへと収束していく。
ブラックの周りにいた構成員はその余りの気に圧倒されて声も出せない。例の男も多少は驚いているようだ。
「さあ行け、鋼の凶獣よ!!」
かけ声と同時にブラックが手に持っていたボールを下に叩きつけた。
衝撃でボールが開き、中から光が放出される。そしてその光が次第に形を成していく。
巨大な角、銀色の皮膚、刃のような爪……
これこそブラックの頼れる相棒、鋼の力により敵を粉砕するケモノ、ボスゴドラである。
「さて、こっちもいくか。」
そしてその男はマントの襟を左手でつかんで剥ぎ取り、そのまま脱ぎ捨てた。
「な、何だ、あれは?」
変な民族衣装風の服装や服の上からでもわかる程の筋肉よりもまず最初にブラックの目についたのは今まで隠れていた異形の右腕だ。
何かの機械と思われる丸い物体が腕に半没している。
そしてその機械からはまるで血管のようにケーブルが肩の方へとつながっていた。
肘から先は袖に隠れて見えない。
実に奇怪な腕である。見ていて痛々しい。
「…行け!!」
短いかけ声と共にボールが宙を舞う。
そして光の中から出てきたのは……白き龍。そう、ハクリューである。
しかしどこか普通のものとは雰囲気が違う。
外見的なものではない。発せられるオーラというか、気迫のようなものが悪に満ちている。
その正体がわからないという事がブラックの不安を一層かき立てた。
だが、いつまでも指をくわえて見ているわけにはいかない。
なぜならブラックの能力は時間と共に減少する型のものだからだ。
しかし下手に相手に手の内を見せるのは避けるべきである。
ならばすべきことはただ一つ。一撃で相手を仕留めるしかない。
「ボスゴドラ、行け!!」
ボスゴドラが猛然とハクリューに向かいダッシュする。
だが、相手は何も対応する気配はない。みるみるうちに2匹の距離は縮まっていった。
「ボスゴドラ、アイアンテールだ。」
ハクリューとボスゴドラの距離は約2m。この距離ならまず外すことはない。
ドガガッ!!
轟音と共に砂煙が上がり地面が大きくえぐれる。しかし…
「何ぃ?!」
そこにハクリューの姿はなかった。
そこから10mは離れている地点で何事もなかったかのように立っている。
信じ難い速さだ。至近距離でアイアンテールを避けることなど普通のポケモンには不可能なはずだ。
「凄まじい破壊力だ。」
その男は感心したように言った。
確かにアイアンテールを受けた場所にはクレーターのように地面が大きくへこんでいる。
「あれをまともに受けていたら一撃でやられていたかもな。
なるほど、お前の能力は攻撃力を大幅に上昇させるのか。」
その男の指摘通り、ブラックの能力「パワービルダー」は接触したポケモンに自らの力を分け与えて攻撃力を1〜6段階上昇させることが出来る。
しかし与えてからの時間と共にその力は下がっていってしまう。
「速いな。これはどうするべきか…」
ブラックにはまさかあの攻撃が避けられるとは思ってはいなかった。
あれだけの素早さがある敵に対抗するにはこちらもそれなりの対応が必要だ。
「…竜巻」
男がハクリューに静かに命令を与える。
ハクリューは即座に円運動を開始し、風を起こし始めた。
風は次第に強くなり、渦を巻いてボスゴドラへと迫り来る。
「動くな、耐えろ。」
機動力の低いボスゴドラにこの攻撃を避けることは不可能なことだ。なら始めから防御に徹した方が良い。
ビュゥゥゥ…
風がボスゴドラを通り過ぎる。
その間、ボスゴドラは一切動かなかった。
砂やつぶてがボスゴドラに当たる。だが、そんな程度ではボスゴドラの鋼の体に傷一つつけることは出来ない。
竜巻程度の技ではボスゴドラにはダメージが無いこと位、相手も重々承知のはず。ならば狙いは別にあると考えた方が良い。
気づけばハクリューの姿は竜巻の中心にはない。ハクリューが移動するとすれば…
「ボスゴドラ、上だ!!」
ドラゴンタイプのハクリューなら竜巻に乗ることは造作もない。
空中戦の苦手なボスゴドラ相手には上をとるのが一番良いはずだ。
逃げ道はない。この竜巻の中ては思うようにも動くことは出来ない。
「…龍の息吹」
相手の命令が聞こえる。
砂塵の影響で敵の姿は見えないが、確実にボスゴドラの上にいる。
「穴を掘れ、地中へと逃げるんだ。」
前後左右、そして上に逃げ道が無いならば残ったのは下だけだ。
ハクリューの口から放出された熱気は先ほどまでボスゴドラがいた所に着弾した。だが、もうそこにはボスゴドラはいない。
「潜って避けたか、思ったよりもやるな。」
竜巻が治まり、再び静寂があたりを支配する。
地中のボスゴドラを警戒してか起伏の多い場所へとハクリューは移動した。
わざわざ相手の誘いに乗る必要はない。だったら敵を真下から攻撃するのではなく、自分の攻撃範囲ギリギリに現れれば良い。
だが、アイアンテールがかわされた以上、もっと発生が早く確実に当たる技を使う必要がある。
威力を多少犠牲にしてでも命中性を重視しないとハクリューにダメージを負わせる事は出来ない。
敵も警戒している。どこで地上へと出るか、その線引きが鍵になる。
チャンスは思いの他早く来た。急に火山灰の降る量が増したのだ。
「今だ、メタルクロー!!」
視界が極端に悪い今ならハクリューの不意をつける、そう思っての攻撃だ。
地中から姿を現したボスゴドラのその鋼の爪がハクリューを背後から襲う。
今度こそ当たる、ブラックはそう確信していた。
が、その時再び空気が凍りついた。ボスゴドラの挙動が一気に重くなる。
遅くなった攻撃をかわす事などハクリューには造作も無いことだった。
「この力、やはり…」
間違いなく奴は能力者だ。
そもそも、能力というものは一部の人間に備わった特殊な力のことだ。
その力を得ることが出来る人間は十万人に一人とも言われている。
そんな能力を持つ二人が今、対峙している。偶然にしてはあまりにも出来すぎだ。
「この能力、なかなか便利なものだろ?」
「ならば何で今まで使わなかった?」
始めから使用されていればここまで戦闘は長引くわけが無い。
「オレは出来れば能力に頼りたくは無いんでね。
フェアじゃないだろう、こんな戦いってさ。」
「確かに卑怯極まりない能力だな。」
敵の動きを抑制する力、相手がどんな奴だろうと関係無く効果がある。この差を返すには奴の2倍は力量が必要だ。
しかし奴は強い。少なくともそこらのジムリーダーよりはよっぽどな程。
互いに能力無しで戦ってもブラックには勝つ自信は全く無い。
「久しぶりに楽しい戦いだったな。それももう終わりだけど。」
その男の目つきが急に鋭くなった。あれは確実に本気な目だ。
「少し見せてやるよ、オレの本気ってヤツをよ。」
圧倒的な圧迫感。二者間の緊張が一気に高まる。
気づくとブラックの右手が震えていた。
「恐れているというのか、俺があの男の事を?」
認めない。
この程度で恐怖するはずが無い。
「鐵の牙」と呼ばれるこのブラックがどこの馬の骨とも知らない奴に負けていいわけが無いのだ。
「…破壊光線」
ハクリューの体が光だした。
「破壊光線?このボスゴドラに?」
ボスゴドラは鋼、岩タイプなので、ノーマルタイプの破壊光線はほとんど効かない。
それに破壊光線は使用後しばらくの間は反動により動けなくなる。
つまりこの攻撃を耐えきればボスゴドラの勝ちだ。
ハクリューはまだエネルギーを溜めている。普通よりもチャージが長い。
「発射ー!!」
その男の今までに無い叫びと共にハクリューの角からエネルギーの塊が放出された。
「なっ?!」
その破壊光線は普通では有り得ない色をしていた。
黒い光。
そんなものは聞いた事がないがそう形容するしかない。
そもそも黒は光を吸収する色だ。それが光を放つ事など……
そして細い。直径はわずか10cm程度しかない。
「よ、避けろ、ボスゴドラ!!」
何かがヤバい。
ブラックがそう感じた時にはもう遅かった。
ブラックが指示を出した時、破壊光線は既にボスゴドラまで数mの所まで迫っていた。
「ボ、ボスゴドラぁー!!」
黒い光線はボスゴドラの右肩を貫通しその後ろの岩まで貫通していく。
その一撃で決着がついた。
ボスゴドラの右肩には穴がぽっかり開いている。とても戦闘を続行できるような状態じゃない。
「…戻れ。」
ブラックはボスゴドラをボールへと戻した。
「オレの勝ちかな?それともまだやる気か?」
「いや、もう戦う気はないさ。これ以上やっても結果は目に見えている。」
戦闘を継続させれば傷つくのはポケモンだ。自分じゃない。
彼らはブラックの仲間である。これ以上迷惑はかけられない。
「そうか、ならもういいな。戻れ。」
そういうとその男もハクリューを自らのボールへと戻す。
「……」
ブラックには話す言葉もなかった。
「どうした、まだ負けたのが信じられないって顔してるぜ?
まあ今回は相手が悪かったな。あんたならまだ上を目指せるはずだ。その牙がある限りな。」
男は先ほどとは違うボールを取り出して投げた。
中身はまたハクリューだが今戦っていたのとは別個体のようだ。
「オレの名はガイ。フスベシティのガイだ。よく覚えておけ。」
そしてガイはハクリューにまたがり空の彼方へと消えていった。
「ま、待ちやがれ!!」
ブラックがそう叫んだ時はもう姿が見えなくなっていた。
「くっそぉおお!!」
ブラックは思いっきり叫んだ。
心の底から、声が枯れるほど。
今まで呆然と周りで見ていた部下達は、ようやくその声で我に帰った。
負けた。完敗だ。
ガイはわざとボスゴドラへの攻撃を逸らした。
最後の一撃、当てようと思えば胴体のど真ん中に当てられたはずだ。
もしそうなっていたら、ボスゴドラの命は無かったかもしれない。
ブラックはもう一度ハクリューの破壊光線が貫通した岩を見る。非常にきれいに穴が開いていた。
あの破壊光線はエネルギーの総量は通常のものとそれ程差はない。
しかし桁違いに収束度を高めた結果、あのような常識外れな貫通力を生み出したのだ。
もちろん、ブラックのパワービルダーによって攻撃力を高められていたボスゴドラなら
同じく破壊光線を放てば相殺、もしくは完全に押し返すことも出来たはずではある。
しかし相手の破壊光線後の硬直をとり確実に仕留めようとしたブラックの作戦ミスと、
鋼の装甲への過信がこのような結果を招くことになってしまった。
誰のせいでもない。これはブラック自身の責任だ。
そしてあの男の強さとは、どんなに優位な状況下でも決して慢心しないことにあるようにも思える。
「そうだとするならば、俺は一体何をすれば…」
考えても考えても答えは出ない。
「隊長……」
ブラックを心配する部下の一人が声をかけた。
「はっ」
ブラックはそこでやっと気づいた。
そう、こんな自分にも命を預けて共に戦ってくれる仲間がいる。みんなブラックを信じているからここまでついてきたのだ。
だからこんな事で挫けてはいけない。
仲間に道を示すのもブラックの役目の一つ。隊長が迷っていたのではみんなも前には進めない。
一度の負けがどうしたというのか?
確かに負けっぱなしで終わるのは良くないが、次には勝てば良い。
もっと腕を磨いて。
「ガイ、次は俺が勝つ。」
ブラックは拳を上げて夕日に誓った。(第1章・終)