序章「天武」



「良いだろう、あんたらには知る権利がある。」




大歓声の中を虹色の閃光が飛び交う。しかしその光が彼女の意図した通りになる事は無かった。
「なんで!!なんで当たらないのっ!?」
後にカントーの四天王にまで上り詰める事になるその女性はただその光景を呆然と見ていた。
対戦相手の男は先程から技すら繰り出していないというのに、既に圧倒的な力の差を見せつけられている。
こちらのジュゴンは技を撃つエネルギーが切れようとしているにも関わらず、だ。
直線攻撃のオーロラビームだろうと広範囲攻撃の吹雪だろうとそんな事は関係ない。
ただ、自分に向けられた敵意を全てすり抜ける。それはまるで風のようである。

「……やれっ!!」
ジュゴンの進路上に突如として影が現れる。
その影がハクリューのものだとカンナが認識した時には何もが手遅れになっていた。
迫り来る炎、そして無惨に宙を舞うジュゴン。
吹き飛ばされる相棒を見ながら、彼女は思う。
「これが天才……」
ジュゴンが地面に叩きつけられると同時に喝采が巻き起こった。


「優勝おめでとう、ガイ。」
続く四天王リーグへの切符を手にしたガイを最初に迎えたのは銀髪の美しい女性だった。
「姉さん、オレにはまだ先がある。褒めるんだったらチャンピオンになってからにしてくれよ。」
彼女はフスベジムリーダーのイブキ。会話からも分かる通り、ガイの姉である。
確かに鋭い目つきなんかが似ている。二人の父は今は亡きフスベの前ジムリーダーであった。
もっとも、ガイの母は再婚相手であった為、腹違いではあるのだが。

通例、ジムリーダーの代替わりは専用の資格試験を受け、最後に現リーダーとの一騎打ちに勝った者がなる。
ガイ達の父は長女であるイブキをジムリーダーにすべく幼い頃から厳しい修行をさせた。
その一方でガイには普通の父親として接し、将来も一般的なトレーナーとしての安定な生活を望んだ。

が、一つ困った事が起こった。
ガイのトレーナーとしての資質は父の予想を遥かに超えていたのだ。
その力は当時もうジムリーダーに昇格していたイブキさえも手こずるほどで、
きちんとした修行を積めばその力は間違いなく最強の地位を不動のものにできる。
父は何故長男にジムリーダー用の修行をさせなかったのかを悔やんだが、
ジムリーダーより強い者はフスベジムに置いておく事はできなかった。
そして、彼をチャンピオンにすべくポケモンリーグへと送り出したのだった。


予選リーグから四天王リーグまでの間はおよそ1ヶ月。この間は各自好きなように準備ができる。
ガイとしては龍の祠に籠って徹底的に己を鍛え直すつもりでいた。
何せ次の相手はイブキの親友であり、ガイにとっては師匠同然のチャンピオン、ワタルである。
その強さは誰よりも知っているつもりだ。
一方でイブキはリーグ運営委員会に出席すべくヤマブキシティへと向かった。

ガイの修行が始まった。
基礎的なウェイトトレーニングから滝に打たれるものまで、あらゆる能力をバランス良く底上げするメニューをこなす。
これはジムのトレーナー達と練ったもので、ポケモンだけでなくガイ自身も一緒にトレーニングを行う。

「今日はここまでにするか。」
無理はいけない。トレーニングの合間の休養こそが力を向上させてくれる。
その際に、絶対にモンスターボールには戻さない。
常にポケモンと行動を共にする事が互いの信頼を高める。
特にガイが命令を口に出さなくてもハクリューに指令を出せるのはこの絆による部分が大きい。



4日目の夕食の時間は電子音によって破られた。
何事かとポケギアのスイッチをすぐさま電話モードに切り替える。
「ガイさん、大変な事になっています!!とりあえずどこでも良いのでラジオを回して下さい!!」
かけてきたのはフスベジムのエリートトレーナーであった。
彼の尋常じゃない慌てように促されガイも急いでラジオを付ける。
緊急のニュースなら大抵どの局も報道しているので周波数は適当だ。

「えー、引き続き現場前からの中継です。現場の前原さん?」
「はい、こちら現場の前原です。
突如として現れた黒服の集団によってヤマブキシティへ向かう全ての道路が封鎖されて間もなく1時間になろうとしています。
依然として治安当局の部隊と謎の集団がポケモンバトルで小競り合いを続けており予断を許さない……」
他の周波数も合わせてみるがやはりどの局も同じニュースをやっている。
ヤマブキといえば現在は姉のイブキがいるはずである。
ニュースを聞いたガイは言い知れぬ不安に駆られた。スイッチをもう一度電話に戻すとガイは短く言い放った。
「状況は理解した。すぐに戻る。」



事件発生から1週間。治安局はヤマブキシティを包囲し続けているものの、突入出来ていない。
むしろ状況は悪化している。電話線を始めとする有線回線はほぼ全て切断され、内部の様子は全くわからない。
唯一の連絡手段は奴らが要求用に残した電話1本だけである。

ここまで手こずっている原因はヤマブキシティの特殊な構造にある。
かつてヤマブキはこの列島全てを治めた国の首都で、敵国に攻められた時に対応できるよう、町全体を壁で囲った。
その頃の名残で、今もヤマブキに入るためには4つしかないゲートをくぐらなければならないのだ。
各都市は協議に大わらわで救出部隊などの編成を行おうとしているが、
トレーナー達のまとめ役であるジムリーダーが不在の状態では大幅に遅れて収集がつかなくなってきている。

「こいつらはあてになりそうもないな……」
ガイもフスベジム内での会議にうんざりしていた。
いくらジムリーダーの弟とはいえ、このメンバーでは最年少である。ガイの発言力は低い。
彼らの取り決めた事と言えば「都市からの要請があった場合はすぐに出る」というものだけだ。
この連中は万が一の事があった時の責任を取るのがイヤで積極的な策を講じれないでいる。
ガイは思い立つと急に席を立った。
「どこへ行くんだね、ガイ君?」
暫定議長の老トレーナーが質問する。もちろん、ガイの行くべき場所はただ一つだ。
「ヤマブキシティ、ですよ。」(序章・終)



戻る     TOPへ